●世界最速にして最強のリノ・エアレースへ
毎年9月、アメリカ・ネバダ州の砂漠の町・リノで繰り広げられる1週間のエア・レース。そこで使用される飛行機は、巨大なプロペラの、古めかしいレシプロ機。そのほとんどが第二次世界大戦の戦闘機の改造機だ。人気はアンリミテッド(無制限)クラス。超低空を時速800kmで飛ぶプロペラ機を、かつて誰が想像しただろう。最速、最強のレーサーは誰か? 毎年のレースには、世界中からファンが押し掛ける。
「ペースプレーンって、わかります? ボク、乗ったことがあるんですよ」
2004年10月中旬、リノ・エアレースから帰還まもない神谷直彦さんが、楽しげに話を始めた。スタートにあたってはレース機たちの先導を務め、レース中は上空に陣取ってエア・レースの展開を見守る、そうした重要な役割を担うのがペースプレーンだ。関係者の信頼を得たベテランパイロットが、その任を負う。それに同乗したことがある、それだけでも、リノ・エアレースにおける神谷さんの居場所が見えるようだ。
神谷さんは、若いがユニークな模型メーカーとして、マニア注目の存在だ。メーカー2社を経て、いま自らのブランド「アンリミ・モデル」を主宰する。そこで出しているキットの一つが、リノ・エアレース機のシリーズだ。
「リノは、模型メーカーとしてのボクの原点と言っていいかも」
1994年、レース写真家・桜井健雄氏に誘われて、神谷さんは念願のリノ・エアレースを観戦に行く。以後毎年出かけ、今年で11回目。初めて参加した年、神谷さんは、同行の桜井氏とレーサーたちとの、濃密な交流に圧倒される。熱狂的なエアレース・ファンの桜井氏は、この時すでに何度目かのリノだった。
「ボクは、彼らとどうしたらそうなれるのか? 写真家は写真で。ならば自分は? そう考えたら模型しかなかったんですね。それで翌95年に行くときには、市販のプラモデルを改造、当時トップクラスの機体“Dago
Red”を模型にして持っていき、いきなりチームのピットを訪ねて、オフィシャルキットにしてくれるよう直談判したんです。リノの機体はすべてが彼らのオリジナル、ボクが海賊版を作るわけにはいきません」
チームからは即OKが出て、96年にはキットを完成させ持参、完成品はオーナーとチームに進呈し、キットは同機のピットで販売した。
「ホンモノの“Dago Red”の傍に模型を置いた瞬間、嵐のような歓声が上がり、たちまち人垣ができました。自分のことながら、その反響に驚きました。本当に嬉しかったですねー」
神谷さんにとって忘れられないのは2002年の“Riff Raff”完成品12機の受注。それまでの神谷さんは、オーナーと交渉し3機種をキット化させてもらい販売、完成品はオーナーとチームに進呈していた。だが“Riff
Raff”は違った。
「ある日、機体のオーナーがやって来て、いきなり襟首を捕むと、彼の“Riff
Raff”まで連れていかれました。何事かとビックリしていると、言ったんです。『ウチのも作ってよ、でもキットじゃなく完成品で12機ね!』」
チームからの逆オファー。注文が来たのだ。しかも、完成品での納品。飛び上がるほど嬉しかった。これこそ、目指していたものだ。翌03年、リノ到着後の神谷さんは、ホテルに籠もり眠る間もなく、12機の最後の仕上げに追われた。
「12機並べると、すごい反響でした。レースに関わる人たちとの一体感、それはもう言葉では言い表せませんね。模型やっててよかったー! 生涯、この仲間たちと居るために、模型作っていこう!って思いましたね」
●世界最小にして最高の模型メーカーに
「これ1個、まるごとボクが手がけた製品です」
神谷さんは、自身のブランド「アンリミ・モデル」の製品をバッグから取り出した。一見、どこにでもあるプラモデルの箱。上面に「川崎キ78 陸軍高速研究機 研三」。中にその1/72モデル・キット。箱の底には、小さく折り畳んだ説明書。B4・1枚を2つ折りし、機体の歴史、設計図、作り方などがびっしりと書き込まれている。設計、原型製作から、説明図のイラスト、パッケージデザイン、コピー、広報まで、すべてを神谷さんが手がける。
「研三は、製造したキット500機、すべて売れました。これから追加増産の予定です。お陰様で好評です」
「アンリミ・モデルの製品は、プラモデルではないのですか?」
「はい、マルチマテリアル・キットと呼ばれ、無発泡ウレタン樹脂(レジン)が主な素材です。組み立てた後は、塗装など、モデラー自身の創意工夫で完成します」
「アンリミ製品の特徴は?」
「第一にパーツの点数が少ないこと。機体の形を、手軽に正確に、プロポーションを崩さないで手に入れてもらいたい。そのためには組み立てやすいことが第一。だからパーツの数はできるだけ少なくする。『研三』を従来のプラモデルで作るとすると、脚やプロペラを除いたパーツは30個ぐらい。パーツの点数の二乗で、製作の難度が増すと言います。アンリミのはたったの5個。5個で、『研三』実機のフォルムを再現できます」
神谷さん自身が、幼少時からの筋金入りのモデラーだ。ユーザーの視点で製品を見るとき、メーカーとしての姿勢は自ずと決まるという。
「例えば、昨年発売した航研機の場合、胴体はペンシル型1本にして、すっかり透明にしました。この種のキットの風防には、通常タマゴのパックのような透明の薄いプラスティックを貼り付けるんです。これが面倒な作業で、小さな模型では結構難しい。航研機は風防が胴体と面一。ならば初めからすべてを透明に、と思いまして。胴体を塗装するとき、風防をマスキング(テープなどでその部分をカバー)しておけば、透明のままきれいに残ります」
風防やコクピットに対するモデラーたちの思い入れには、相当なものがあるようだ。飛ぶことや飛行機への憧れは、操縦席周りにこそ象徴されるのだそうで、こだわる方が多いという。神谷さんは、その部分をあえて一体化し、ムクとする。
「その方が美しく仕上がるからです。航研機に限りません。リノ・レース機1号の“Dago
Red”も、『研三』もです。でも、ユーザーからのクレームは、まだ1件も来ていません。何故でしょう? 正確で美しいフォルムが確実に手に入る、それが評価されるからでしょう」
実は、神谷さんが“Dago Red”を製品化したほぼ10年前には、相当な腕のモデラーであっても、市販のレジン・キットで模型として完成に至るものはごく少数だったという。レジン樹脂は材料としての安定度が低く、精度の高い製品に仕上げるのが難しかった。だが、神谷さんの“Dago
Red”は違った。誰が組み立てても、破綻無くその機体になる。
完成度の高さゆえにより実機に近い雰囲気を、「模型を超える」と評するマニアもいる。
「ボクが送り出すのは、この種のキットとしては理想的なものだと考えていますが、商品としては依然として不完全です。でも、スキル(技能)のあるモデラーには、その不完全さこそが醍醐味。そこからが彼らの勝負どころ。組み立て、削り、塗装し、磨き、艤装する。そのために良い素材を提供する。ユーザーとしてこんな理想的なキットに出合ってみたいと思う時もあります」
神谷さんがニコッと笑う。
「アンリミ・モデルのキットを買うということがカッコイイ!、そう言ってもらうのがボクの目標です」
●空飛ぶゾウ
神谷さんは、大卒後4年勤めた大手プラモデルメーカー・タミヤから、ファインモールドに移る。小規模な模型メーカーだが、マニアのツボを突いた製品を出すことで知られる。実はここは、まだ学生だった神谷さんが、いつも遊びに通った場所だった。いわば門前の小僧。模型大好き青年は、早い時期にすでにメーカーの傍らに居た。
ファインモールドの製品で記憶に新しいのは、1999年に発売された「紅の豚」の「1/72サボイアS・21飛行艇」。模型界のヒット商品と言われる。その開発を手がけたのが、タミヤから移籍して3年目の神谷さんだった。機体や周辺資料の収集・研究でも、関係者が舌を巻く徹底ぶりだったそうだ。
小さなメーカーでは、設計から金型、パッケージ、広報、営業に至るまで、社員は製品の全てに関わる。少量でも、誠意をもって確かな品を世に送り出す。小規模だからこそ、本当に作りたいモノが作れる。作る側の楽しさが、直にユーザーに伝わる・・・。ファインモールド社が神谷さんにもたらしたものは大きかった。
現在、神谷さんは自らのブランド「アンリミ・モデル」を主宰する。さらに自由に、さらに自身の模型世界を広げるために。
「思えば1996年リノで“Dago
Red”のキットを販売した日が、そのスタートでしたね」
ファインモールド社からは、今も説明図などのコピーライティングやデザインを請ける立場だ。
「ボクは本当に、人の縁に恵まれてると思います。有り難いですねー」
「アンリミ・モデル」のロゴマークは、ゾウ。頭上にゴーグルを乗せ、背中に羽をつけ、ハナをかかげシッポをピンと伸ばして、楽しげに飛ぶ。
「デザイナーの友人に、かっこいいのをね!と注文つけたら、飛行機など20枚近くデザインして見せてくれました。どれも見事でした。すっかり迷って、一番いいのは?と聞くと、彼が最後に取り出したのがこのゾウ。見た瞬間、決めました。『キミの仕事は、こンぐらいがいいんじゃないの?』、そう言いたかったんでしょうね」
肩の力がぬけた。
飛びながら、ゾウが笑っている。ゾウには名前もある。「World
famous flying Elephant Hiroshi-kun」。ヒロシくんは、ロゴ制作者の名前でもある。
空飛ぶゾウは、今や世界最小にして最高、そして最強の、アンリミテッドな模型メーカーをめざし・・・。
マニアの評判も上々で、神谷さんからは最近、「これからも良い模型が作れるよう、靴の紐を締め直しました」とメールが来た。 |