後藤加代子の悠遊レポート・特別編 / 「航研機・レプリカ」連載 ==> / / / /(最終回)

展示作業進行中
大空間にはばたく、真紅の翼
2003/4/10
場所:青森県三沢市/青森県立三沢航空科学館

▲展示作業が続く航研機レプリカ。奥の機体は、2002年11月に種子島−鹿児島間のフライトを最後に現役を引退したYS-11/JA8776。

▲格納庫を思わせる大空間に翼を広げる。ガラス窓に見えるのは、大きな引き戸式扉。外は三沢市が整備中の「大空ひろば」。

▲迫真の機首。

2003年8月8日に開館を控えた青森県立三沢航空科学館は、3月までに外装・内装工事共にほぼ終了し、今回訪問の4月10日には、各種展示物の設置作業が急ピッチで進められていた。航研機レプリカは、設置を終えた YS-11(JAS・日本エアシステムより寄贈の実機)の白い機体に対峙し、大空間にその赤く大きな翼を広げていた。高所から見ると、主翼翼面の広さ、それに対する胴体の細さが際立つ。

3月12日、大牟田で完成式を終えた同機は、その後解体し、厳重に梱包の上、リフターなど設置用の用具と共にトレーラー5台を連ねて福岡に陸送。4月2日には阪九フェリーにて博多港を出航し日本海から室蘭港を経て5日八戸港到着、同日、陸路三沢入りした。

展示作業は、4月5日梱包を解く所から始まり、9日には両翼取り付けを終えた。訪れた10日には、可動脚の支柱設置、エンジンカウル、水平尾翼の装填が進められていた。

九州から同行している作業員は連日16名余を動員。現場では、大型クレーンやリフター、大型コンプレッサーなどを使っての作業が急がれ、担当者はそれぞれ緊張の面持ちで最後の調整に励んでいた。4月15日には展示の最終検査が行われる。

工期は5月31日。この日、青森県への引き渡しをもって航研機レプリカ製作の全工程が終了する。

(3月12日の完成式レポートは、都合により割愛させていただきました)

▲機首下より尾輪を臨む。

▲支柱が付き、可動脚が宙に。

▲完成を待つ尾翼付近。

▲搬送に使われた木箱の一部。梱包された機体は大型トレーラー5台分に。


※航研機と共に展示される青森県ゆかりの航空機(レプリカ)。

▲ミス・ビードル号。1931年、三沢の淋代海岸からワシントン州ウエナッチ市まで、世界初の太平洋無着陸横断飛行に成功した。

▲白戸式旭号。日本初の民間飛行士・白戸榮之助氏(青森県出身)の愛機。全国を巡業飛行し、1915年には弘前と八戸でも公開飛行した。

▲奈良原式2号機。1911年、奈良原三次氏(白戸榮之助氏の師)が国産複葉機として初飛行を成した。

▲青森県立三沢航空科学館。これでも部分景。

[ 青森県立三沢航空科学館 ]
http://www.pref.aomori.jp/kokukagaku/

所在地 : 青森県三沢市大字三沢字北山158
構造 : 鉄骨造・SRC造
規模 : 地上2階建て・一部3階
延床面積 : 10,869.487 u
施設内容:エントランスホール、航空ゾーン、科学ゾーン、科学実験工房、こどもスクエア、マルチメディアAVホール、ライブラリー、特別展示室、格納展示庫、ミュージアムショップ、展望室など。

●航空ゾーンの展示物
格納庫風の空間に、青森県にゆかりのある航空機として、奈良原式2号機、白戸式旭号、ミス・ビードル号、航研機の各復元機と、YS-11実機を展示。また、歴史と共に多様化し、進化、変容していった飛行機の変遷が、数百機に及ぶ模型飛行機の展示によって表される。

問い合わせ先
青森県企画振興部市町村振興課 航空科学館プロジェクト推進グループ
TEL 0176-50-7777  FAX 0176-50-7559
交通:青森空港から車で90分/三沢空港から車で6分/JR三沢駅から車で15分/八戸北ICから車で30分

航研機復元プロジェクト
●総合プロデューサー
水嶋英治さん
Eiji Mizushima

[プロフィール]
1956年生。東京理科大学理工学部卒。フランス国立文化財学院終了(博物館学、文化財保存管理論専攻)。日本科学技術振興財団企画開発部次長。国内外の博物館建設プロジェクトのコンサルティング業務を行っている。所沢航空発祥記念館ではプロジェクトマネージャーを務めた。1998年より、青森県立三沢航空科学館プロジェクトに関与。現在同プロジェクト総合プロデューサー。著書に『航空博物館とは何か』など。
▲展示作業を視察中の水嶋英治氏。


[ひとこと]

航研機復元プロジェクトが立ち上がったのが1998年、すでに5年を要しています。この間、社会や経済情勢は刻々と変わり、航空科学館の当初計画案にも様々な変更を余儀なくされました。しかし、航研機レプリカについては、困難な事業ではありましたが、十分なものができたのではないかと思います。飛行はしませんが、実機に勝る外観と言われる機体は、全金属製レプリカ機製作に新しい道を拓くものでしょう。博物館展示とは何かを、改めて問う機会ともなりました。

時代考証専門家会議メンバーの方々には、航研機の少ない資料の収集・発掘などにご尽力いただき、毎回の審議も熱のこもるものでした。また、(有)前田航研をはじめとする製作チームの皆さんの柔軟な創意と工夫、努力にも頭が下がります。

こうしたプロジェクトで重要なのは、「復元」行為のコンセンサスづくり、コンセプトづくり、記録づくりの3点だと思います。即ち、関係者が一致した見解を持つ、プロジェクトの理念を一貫して継続する、進行過程を記録し保存するです。プロジェクト推進担当者として今回も腐心した点ですが、航研機レプリカの仕上がりを見る限り、それらはほぼ達成できたようです。

しかし、三沢航空科学館がいかによく機能するかは、実はこれからなのです。航研機レプリカは、多くの来館者の目を驚かせ、かつ楽しませ、人々は、そこに見る人間の叡智に大いに触発されることでしょう。三沢航空科学館が真にその目的を達成するのは、そのように来館者自身に委ねられます。ひとりでも多くの方々、子供たちが館を訪れ、本レプリカを始め多くの展示物に親しまれることを願ってやみません。 

写真協力:市島洋治氏

[ ご報告と御礼 ]

2002年8月より取材を進めた本連載は、今回の(5)をもって終了します。三沢航空科学館開館の暁には、ぜひ現地にて、航研機レプリカの勇姿をお確かめ下さい。不定期の連載にも拘わらず最後までご覧いただきました皆様、また取材にご協力いただきましたプロジェクト関係者の皆様、連載途上ご意見や感想をお寄せ下さいました皆様に心より御礼申し上げます。有り難うございました。
前ページに戻る ==> GO!!