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●進化するグライダー競技
「僕はレーサー。レーシングパイロットです」
童顔の市川さんには、30半ばを過ぎた今も少年の面差しが残る。その顔でニッコリされると、たいていの人はホッとするだろう。世界に通じるグライダーマンなどと、失礼ながら気づかぬ人もいるに違いない。だが話が滑空競技に及べば、その表情は一変、優しい目にも気迫がこもる。
「日本には、競技人口がないわけではないのですが極めて少い。クロスカントリーは、いわば空を飛ぶことを楽しむ一つの究極の形。その中でも、競技とは、決められた期間、決められたコースで、タスク(課題)を競い順位を争う熾烈なスポーツです。僕がやってきたのはそれ。いかに空を読み、上昇気流を素早く掴み、速くコースを飛ぶかを競います」
同じ空は二度とないとよく言われるが、刻一刻変化し続ける大気の変化を敏感に読み取りルートを選ぶのが最大の鍵だという。
「即興性が極めて高いスポーツなのです。それを連日5時間前後、2週間にわたってしなければならない。それだけ長期間競っても、トップとのタイム差は1〜2分、時には10秒程度しかないこともあります」
操縦能力などが高いのは大前提条件。動力が無いからこそ、人間の判断能力のほんのちょっとの違いが勝負を決する。
「そんなグライダー競技も近年、急速に変化しています。特にここ3〜4年の進化には目覚ましいものがありますね。従来の飛び方だけでは、世界チャンピオンになることはもはや困難なのです。その原因はこれです」
市川さんが取り出したのは、手の平サイズのPDA(携帯端末)。この超小型コンピュータに組み込まれたフライト用ソフトを使いこなすことが、今や競技で勝つカギなのだ。
「世界選手権ともなると、競技にはいくつかの安全上の問題がつきまといます。その一つがガグル。一斉に上昇気流に群がる100を超す競技機が、1本の蚊柱のようになって旋回し、翼が接触するなどの事故も発生して大変危険です。これを解決するために、1999年からは新しいタスクAAT(Assigned
Area Task)が導入されました。指定されたエリアを指定した順序で回って来るスピードタスクですが、採点はGPSフライトレコーダーのみによって行われます。参加機すべてがPDAを操る。まったく新時代ならではの現象。以前からあったGPS
と共に、グライダー競技の質を一変させましたね」
英字の頭文字を繋げた用語が連発される。グライダー競技は最新情報機器を操る頭脳戦でもあるのだ。それはまた、優秀なフライト・ソフトの開発と表裏一体。優れたソフトを優れた頭脳が使い切るとき、レースの勝利者となる?
「ウーン、優れた頭脳ねえ。アタマだけの問題じゃないですね。PDAを技術的に使いこなすことは最低条件。重要なのは瞬時の判断力。データがいくらあってもそれが読み切れないとダメ。読み切るのは知識じゃない。そのレベルになると一種のカンですね。直感、そして集中力。情報を即判断、次の展開に移る。そうでないと勝ち残れない時代です」
●試される真の能力
AATは、各旋回点に通常の旋回点よりずっと大きなエリアが設定されているタスクで、決められたエリア内ならばパイロットはどこでターンしても良いことになっている。そうすることで、たくさんの機体が一気に同じ点に集中する危険を避けられる。
「でも、自由に旋回点が選べるようになった分、所要時間の計算など、タスクを有利に飛び切るために、パイロットの一層の想像力、判断力が求められるようになったのです」
自由に、とは実は難しい。真の能力が問われる。だが、厳しい話の割に市川さんは愉快そうだ。
「もともと、勝ち取る、という雰囲気が好きなんですね。やるからにはとことんやってしまう。どんどん自分を追い込んでいく。だから、難しければ一層そこに向かって集中できる。そういうモチベーションを保ち続けることが、競技に勝ち続けるってことでもあるんでしょうが」
海外遠征時には、時差解消として競技開始前の調整時間を十分に取る。そうして徐々に100%の集中に持ち込む。1日1時間の時差解消。時差が7時間あれば1週間かかる。レーサーは繊細な神経の持ち主。
「過酷なレースほど、大胆かつ繊細に展開せねばなりません。雑駁であっては務まりませんね」
●直感力
「カンですか、そりゃあもう経験です。蓄積された体験の中から閃くんでしょうねえ。僕はもう8,000時間飛んでます」
経験だけでもなさそう、と水を向けると、ニコリとした。
「ニュージャージーにいた頃、学校の裏にあった渓流でよくマスを釣りました。僕の趣味です。あのあたりの川には大きなマスがたくさんいます。糸を垂れる、魚が喰い付く、リールを巻き取る。結構気に入ってました」
釣りはすべてがタイミングだ。あるいは魚の居場所も分かる?
「まあ。何となくは、ですけどね。もう一つの趣味は、中学・高校と続けたテニス。相手の打ち返す動作を見て、飛んで来る方向がかなり予想できていました。空を読むのも似たところがあるのかもしれませんね」
直感力は、どうやら天性のものらしい。競技というせめぎ合いの場で、天分は一層磨かれたことだろう。
●世界のマック
ごく最近、長年支援してくれたスポンサーが、事業の都合でグライダー界から全面撤退を余儀なくされ、市川さんは競技生活を続けるのに大きな痛手をこうむった。
「でも不思議ですねえ。スポンサーを失ったにも関わらず、競技の成績は伸びています。オーストラリア、ヨーロッパ選手権と大きな舞台でも成績もついて来ました。背水の陣ということも勿論ありますが、それ以上に、すべて自分自身の裁量で飛ぶ、自由の身のなせるワザ、のような気がします。いよいよこれからが本番かなと思っています」
東大入学と同時に航空部に出会い、即入部。高校生時代に漫画『エリア88』で空への興味を育てたと言うと爆笑を誘うが、事実。空への憧れは潜在的にあったのだ。大学院2年の時、Jr.国際大会に出場、世界選手権をめざす道へ。グライダー三昧で過ごしたが留年もせず、順調に進んだ薬学部大学院。そして博士課程半ばでの競技パイロットへの転向。スポンサーが名乗り出たのだ。決断に勇気は要ったが、フライトに専念できる環境を得たのは大きかった。恵まれた資質は、世界の滑空界で“Mac(マック)”の愛称で呼ばれるまでに成長した。
今、逆風に遭って翼は痛むも、羽ばたきは衰えを知らない。力量というものだろう。
●コーチ
市川さんは、世界に通じるパイロットを養成する“アクシオン”を主宰する。その中のレーシング・チームに所属するパイロットは現在4名。
「日本では唯一。競技人口が少ないのですから当然です。でも、世界を転戦してきて、後から来る人に伝えられるものは多いと思います。何たって、日本語で、ですしね」
市川さんにも、3人のコーチたちとの出会いがある。
「最初のコーチは92年から94年に教わった、ポーランドのスタン・ビテック氏。彼からは競技に対する考え方、姿勢を教わりました。とてもいい方でしたが、白血病で亡くなってしまったのです。次がニュージーランドのブルース・ドレイク氏。95年の春から99年まで。彼からは、技術的に欠けていたところを教わりました。ヘリも自由自在に操る天才肌の飛行家。そして最近のコーチが元フランスチーム監督のキキ氏。彼は、細かな技術的サポートではなく、レース全体をどう仕上げるかなど、概念的なものを教えてくれます。今の僕にはそれが重要なのです。勝負は、最後には極めてメンタルな部分に関わって来る。そんな時、キキ氏の言葉に支えられる。彼は、89年に僕が初めて出場したJr.国際大会の競技委員長でした。繋がりはその頃から。今や大切な友人でもあります」
優れたコーチとは、試合の場で選手のベストパフォーマンスを引き出せる人だという。現在イタリア在住のキキ氏は、89年から95年にかけてはフランスチーム監督として幾度となくフランスに優勝をもたらし、97年にフランス滑空協会を解雇された後の99年には、バイロイトの世界選手権でイタリアチームを優勝に導いた。チャンピオンメーカーとも言われる。
「ハンガリーでのヨーロッパ選手権のときは、迷うと夜イタリアに国際電話をかけて相談していました。」
●グライダーはヨーロッパの文化
「アメリカで過ごした中学の3年間は大きかったと思います。言葉の壁が僕にはあまりない。フランス語もドイツ語も、競技を通じて覚えました。言葉の心配がないと、海外での競技生活もまったく違いますね。その意味でも、グライダーはやっぱりヨーロッパのスポーツなんだなあと思います。日本人はまず、言語からクリアせねばなりません。まさに極東なのです。引退したら後進の人たちにはそういう悩みから解放させてあげたいですね」
市川さんには苦い思いもある。今春優勝したオーストラリア選手権。優勝はしたが、1位の表彰台には上れなかった。そこが「オーストラリア」だから。同じ理由で、たとえヨーロッパ選手権で優勝しても、市川さんの胸にトロフィが抱かれることはない。
「それが世界なのです」
そういうものとも闘いつつ、今、世界選手権王座に一番近い位置につけた。 |