宮田 NOW
M-I-Y-A-T-A ・ N-O-W
11.29/2003

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衆議院選挙が終わった。結局自民党が勝ったのだが、民主党も躍進は目覚しく、2大政党の時代がそこまで来たように見える。そうなるかも知れないし、また再編成が起きるかもしれない。日本の党は葡萄の房状なのだから、簡単に切り分けて違う山盛りができても不思議ではないのだ。

それにつけても投票率が問題だったそうで、56%の低投票率を全てのマスコミや識者が嘆いていた。もし投票率が上がったら、自民と民主は逆転があったかもしれない。そう思わせる論調が多かった。

●率

選挙に踵を接して社会を騒がせたのはNTVの視聴率操作事件であった。テレビというテレビは、視聴率をアップさせるため、血眼になっているらしい。まあこれによってコマーシャル料の稼ぎになるのだから、民間テレビが血眼になるのを責めることはできない。

これにつけて、良い番組を作るべきだという意見のほうが無責任だ。良し悪しをスポンサーが判断するようになったら、いったいどんなことになるのか想像ができない。権力に恣意が入ってきたら恐ろしいことになりそうな予感がする。

それでは率に賛成なのかと聞かれると困る。母数と率の実数が問題なのだ。聴くところによると、視聴率調査の端末器は600台で、NTVの操作が及んだ可能性がある端末器は3台だったそうだ。0.5%の単位が危機に瀕した。

母数の600台が呆れ、3台に一喜一憂しているとすると、テレビとは何とつまらぬ仕掛けで動いているのだと思う。たしかに3台は600台の0.5%だが、調査器のテレビを見る人の気分次第でどうにでもなる数値だ。統計上は感情が入らぬ最小の数値として600台なのであろうが、何とも信用ができない。どこかに嘘がありそうな数字である。

最も悪名が高い率は偏差値である。確率度数を正規分布に並べて子供の頭脳を計る仕組みだ。試験が阿呆のように作られて、ただ知識を計るだけならほとんど外れることはない。勝負が知識ばかりではない世界で、通用しなくなりおろおろして教育改革だと叫んでも、いささか後の祭りの感じがする。

選挙速報というのがある。出口調査によって当落の予想を立てるのだが、根拠は率なのだ。公式があって、過去の例により比率を掛けると最終の獲得票数が推計できる。推計の結果が当選ラインを越えたら当選確実のシグナルを出す。

これが今回の選挙では見事に外れた。早い時間では民主党は200議席を確保するだろうと予測され、舞い上がった党首は自民党が233議席を切ったら政権を明け渡せと嘯いた。民主主義は多数決で決る。小学生でも知っている原理だ。民主主義の原点も知らない党首が率いる党が、政権を取らなくて済んで正直ほっとした。

ようするに、ひたすら率を後生大事にするのは滑稽である。

●6,000万人

有権者総数と投票率を掛けると、ほぼ6,000万人になる。地図帳を取り出してきてヨーロッパ各国の人口を調べてみた。フランスは5,976万人、イギリスが5,977万人、イタリアが5,771万人である。かろうじて6,000万人より多いのはドイツで、8,325万人である。統計がいつのか知らないが、数値は当たらずと言えどもそう遠くはない。

ヨーロッパ先進国の何処をとって較べても、その全人口以上の人が参加して国の将来を決めたのだ。たしかに投票率が低いのは問題だが、識者全員で嘆かなくても良いだろうと思う。ほんの目と先には一人で国を仕切っている例もあるし、ついさきほどまで一人で決めていた国があった。無作為抽出なら600で済む。6,000万はその10万倍だ。棄権も立派な意思表明である。もう少し信用してもいいのではないか。

NTVの朝の番組に「ズーム・イン・朝」というのがあり、羽鳥というアナウンサーが六本木の街角で娘さんを捉えて質問するコーナーがある。アナウンサーの名から「バード・ウオッチング」という。甚だ不謹慎だが、できるなら彼女たちは投票に参加しないほうが良いのではないかと思っている。投票率は上がるのだろうが、カワイイとかカッコイイで投票されたらたまらない。

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