大海原孤影遥かに索敵機-13(最終回)

痛恨ミッドウエー
マレー沖海戦は航空機だけで戦艦を沈め、国力が制海権から制空権に移ったことを証明した。大艦巨砲による制海権が過去のものになったことを示したのである。分からなかったのが当事者の日本だったというのが深刻だ。情報の本質が読めないのである。

●マレー沖

太平洋戦争の劈頭、マレー半島に上陸する船団を護衛したのは、巡洋艦鳥海を旗艦とする南遣艦隊である。イギリス東洋艦隊は戦艦と巡洋戦艦、まともな砲戦であれば太刀打ちができない。だから日本海軍はイギリス艦隊が出撃するかどうか、毎日シンガポールに偵察機を飛ばせ、神経を尖らせ偵察していた。

昭和16年12月8日の日没30分前、忍ぶように東洋艦隊はシンガポールを出港した。しかし9日、偵察機の報告は戦艦在泊である。日本海軍は安堵した。

15:15、索敵線の外れにいた潜水艦イ65がイギリス艦隊を見つけた。発見報が打たれる。「敵レパルス型戦艦見ユ、地点コチサ11、針路340度、速力14ノット、1515」。コチサ11は緯度経度の暗号グリッドだ。

ところが発見報が遅れに遅れ、肝心の南遣艦隊に届いたのは17:25、2時間も経っていた。出港後20時間である。南遣艦隊は偵察機を信じるか潜水艦を信じるかで一瞬迷ったが、すぐさま反応し水上偵察機5機を飛ばせた。18:23、精いっぱいの発進だろう。

18:35、軽巡洋艦鬼怒の水偵が「敵艦見ユ」を発信してくる。鬼怒は潜水隊旗艦で、イ65の発見報を直接受信し、独自判断により搭載の水偵を飛ばせたのである。そのうち南遣艦隊の水偵も駆けつけ、日没後30分、20:10まで接触打電を続けた。

南遣艦隊は及ばずながらイギリス艦隊に立ち向かおうと南に向け増速する。サイゴンにあった第1航空艦隊の陸上攻撃機53機も次々に発進したが、日没前には現場に到着できない。暗夜の中、はやる陸攻は中隊ごとに探し回る。ついにひとつの中隊が艦隊を発見、照明弾を落とし攻撃しようとした。

探し当てたのは南遣艦隊であった。あわや同士討ちである。懸命の打電で攻撃は避けられたが、この照明弾はイギリス艦隊にも見えた。

水偵に付きまとわれ、照明弾を見るに及んで上陸船団襲撃は断念しなければならない。着く頃に目標の船団は四散しているだろう。イギリス艦隊は反転シンガポールに針路を向けた。21:30である。

明けて10日の真夜中03:30、今度はイ58がイギリス艦隊を発見した。「ワレ地点フモロ45ニテレパルスニ対シテ魚雷ヲ発射セシモ命中セズ。敵針180度。敵速24ノット。0341」

フモロ45はマレー半島のクアンタンから57度、140nmである。水偵が接触した位置よりだいぶ南だ。作戦をあきらめシンガポールへ帰投中に違いない。

イ58は水上航行して艦隊を追跡、04:25第2報を発信した。「敵ハ黒煙ヲ吐キツツ240度ニ逃走ス。ワレコレニ接触中。0425」

180度から240度への変針は明らかな意図の変更だ。行く手にはクアンタンがある。追跡は執拗に行われ、接触を失ったのは06:15であった。「ワレ接触ヲ失ス。0615」

イ58の第1報は南遣艦隊や航空隊に捉えられたが、肝心の第2報は第3水雷戦隊旗艦の川内には届いたものの逓伝されなかった。したがって、06:25サイゴンを離陸した9機の索敵機はもちろん、07:55に離陸した85機の陸攻もフモロ45を180度で高速南下するイギリス艦隊を念頭にしている。攻撃に向かったすべての航空隊の航程線がそれを物語っている。

09:40第2索敵線を飛んだ陸攻が南限に達する。3番、5番、4番と次々に南限に到達し11:00も過ぎた。後続していた攻撃隊も、早くに離陸した隊は南限に達した。だがイギリス艦隊は見つからない。あせりが生まれる。

11:45、ついに4番索敵機が目標を発見した。「敵主力見ユ。北緯4度。東経103度55分。針路60度。1145」。とんでもない場所だ。

12:30、最後に離陸した美幌航空隊の白井中隊が最初に投弾した。航程の途中にいたからだが、どの隊も南下しすぎていて引き返さなければならない。中には発見報を受信できず、まだ探し回っている隊もある。

12:50、業を煮やしたサイゴン司令部は、索敵4番機にホーミング長波の発信を命じた。これでやっと全隊が目標位置を確認、13:07から本格的な海戦が始まった。

14:20、イギリス艦隊の2番艦レパルスが爆弾1発と魚雷5本を受けて沈没する。旗艦プリンス・オブ・ウエルスも2発と6本で14:50に沈没した。全力回避する戦艦も航空攻撃には耐えられない。浮沈艦は沈没し神話は崩れた。

●ミッドウエー

開戦後半年の昭和17年4月18日、快勝を続ける日本の首都東京をドーリットル爆撃隊が駆け抜けた。700nmの沖には哨戒線が張られ、敵発見の報告がなされていたにもかかわらず襲撃を許した。損害は軽微だが衝撃が走る。急きょミッドウエー作戦が行われることになった。大本営軍令部の反対を押し切って連合艦隊が立てた作戦である。

作戦は20隻以上の艦艇を投入し、決行は17年6月7日。5日前には潜水艦による3重の哨戒線が張られることになっていた。しかし哨戒線に着いたのは3日前で、すでにアメリカ機動部隊は通過した後だった。

5月26日、まず上陸する攻略部隊がサイパンから出撃した。27日には第1機動部隊が呉から出撃、28日攻略別働隊がサイパンを出て、29日に大和を旗艦とする本隊が呉を出発した。まるでクロスワード・パズルのように複雑だ。準備期間が短く、泥縄式作戦にしては複雑すぎる。

すでに日本海軍の暗号を解読していたアメリカは、6月4日に攻略船団を発見爆撃している。ミッドウエーの西670nmだ。普通であれば見つかるはずはない。しかし変だとも思わない。このとき被害は無かったが、夜の雷撃で輸送船に魚雷が命中している。はたして、この事態を第1機動部隊は知っていただろうか。

この日東京の軍令部は、機動部隊宛「米機動部隊ノ一部ガ行動中ノ恐レアリ、ワガ艦隊ノ待チ伏セヲ準備シテイルト思ヘル」との打電をした。旗艦大和では受信できたが、不幸にして第1機動部隊では受信できなかった。無線封鎖中だからと大和は逓伝もしない。発光信号で確認しようにも、本隊と機動部隊は300nmも離れていた。

運命の日の早朝、第1機動部隊はミッドウエーの北西210nmに達し、01:30 現地時間にして04:30、黎明を期して攻撃隊を発進させ、同時に7機の索敵機を飛ばせた。同時ということはアメリカ機動部隊をいないと思い込み、それでも念のための措置だったのだろう。第2次攻撃隊が、対艦兵装で準備していたのとはひどく矛盾している。

02:24、カタリナ飛行艇に接触されアメリカ側に発見されたことを知ったが、ミッドウエーの航空勢力と思うから油断していた。04:00アメリカ機動部隊は続々搭載機を発艦させていたが、知る由もない。ミッドウエー攻撃隊から「第2次攻撃ノ必要アリ」の報告が入り、艦艇攻撃に備えていた第2次攻撃隊の兵装を切り替えることにした。

そこにミッドウエーからの攻撃隊が突入してきた。雷撃機と双発爆撃機だ。上空護衛戦闘機が奮戦して全滅させ、てんやわんやの最中に4番索敵機から霹靂の発見報が入ってきた。「敵ラシキモノ10隻見ユ。ミッドウエーの10度。240nm。針路150度。20ノット。0428」

再び兵装を元に戻す作業に没頭したが、ミッドウエーからの攻撃をかわすために艦は大きく揺れている。換装は難しいことになった。そこに04:50、ミッドウエーを攻撃した部隊が帰ってきて、これも収容しなければならない。

ひっきりなしの攻撃をかわし、収容し、やっと攻撃隊の準備ができ、発艦の命令が下ったのが07:20。そのとき、アメリカ機動部隊の急降下爆撃機が殺到してきた。

空母は風に立って直進している。撃つに造作はない。次々に空母は被弾して火を噴いた。赤城、加賀、蒼竜。

●答えのない設問

2つの海戦を比較してみて、ミッドウエーは油断していたから、という以前に問題がある。マレーだって齟齬の連続だ。たぶんこの民族の、情報に対する本質的な欠陥だと思う。

根本的な問題は、答えのある設問には真剣に取り組むけれど、答えのない設問には真剣になれない。マレーでは想定できる位置にイギリス東洋艦隊が居る。どこに居るかは問題だが、答えは確実にあった。

それに引き換え、ミッドウエーのアメリカ機動部隊は居るのか居ないのか分からない。回答のない設問だ。ほぼ170度の範囲に7機の索敵機しか飛ばせないのは、回答のない設問に対する態度なのである。油断していたからというのは皮相に過ぎる。

マレーは想定区域に9機を飛ばせた。各機の索敵線は3度の密度だ。500nm末端で線間距離は25nm。天気が良ければ両側20nmの視認はできるから、かなりオーバーラップをとった索敵計画である。

ところが、ミッドウエーでは索敵密度は10度、300nmの末端距離は50nmを超える。天気が良くても空白ができるのだ。たぶん03:00頃に、5番索敵線を飛んだ筑摩の水偵がアメリカ機動部隊の南15nmくらいをかすめたはずである。

03:00といえば、現地06:00の早朝だ。太陽も低かったに違いない。気付かずに過ぎた。偵察員の罪というより索敵密度の問題だろうし、居るか居ないか分からぬ相手を見つけようとする作戦者の意思の問題だ。

4番索敵線を飛ぶ利根水偵より、04:28発見報が打電されてきたが、位置は北隣の5番索敵線よりもっと北側だった。疑って当然の位置である。それを鵜呑みにしたのは、よほどうろたえていたからだろう。回答のない設問に遭遇したときの典型的な反応である。

官僚とか秀才と呼ばれる人たちは、回答のある設問の中で選ばれてきた。選ぶ側にも正解のある問題にしか遭遇していない。日本連合艦隊首脳も、機動部隊参謀も、しょせんは「依る者」であって、回答のない設問に対処できる者は誰も居ないのだ。

時代が21世紀でも、事態は変わっているようには思えない。政治危機も金融危機も、まるでミッドウエーのようではないか。IT革命を標榜する首相が、最も情報に疎いように見えるのはその証拠であろう。

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