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●欠陥回路
作戦は準備が整って発動する。作戦のインターバルは失った兵力を回復する期間である。失った兵力が大きければ長くなるし、失った兵力が少なければすぐ次の作戦が行われる。必要と思う兵力が揃った時点で侵攻が開始されるのだ。ギルバート諸島を攻めたときも、マーシャル諸島トラック諸島のときも、アメリカ艦載機はほぼ700機の規模であった。
アメリカにすればギルバートからマーシャルのインターバルを長くしたのは、失われた艦船や艦載機を回復するためでない。初めての上陸作戦で海兵隊の損失があまりに多かったからだ。しかし反省はすぐフィードバックされ次の作戦に生かされた。何度でも同じことを繰り返す日本軍とは違っている。
マーシャルからトラックのインターバルは、トラックに上陸の意志が無かったことと、艦船の被害がなく、艦載機がほとんど手傷を受けなかったからであった。
ギルバートで日本海軍は守備100機を損耗して、得たものは護送空母1隻に損傷を与えただけである。沈没させたのは1隻も無い。
攻撃したのは精鋭755空、マレー沖海戦のときの元山空である。わずか1年前、雷撃17機が魚雷5本を命中させた武勲の航空隊だ。755空の力量が落ちていたわけではない。だがアメリカ機動部隊はイギリス東洋艦隊ではなかった。
マーシャルでは85機を損耗して空母に手傷さえ負わせられなかった。日本海軍は、攻めてくる敵の空母や艦載機の勢力が把握できず、与えた損傷の程度も把握できず、それでいて知ろうともせず、自分の頭の中にあるように戦闘は展開するものと信じていた。官僚がする典型的な発想法である。
●マリアナ沖海戦
昭和19(1944)年6月6日、アメリカ機動部隊58TFはメジュロを抜錨しマリアナに近づく。立場は逆転しているがミッドウエーとそっくり同じシナリオだ。
しかし日本海軍機動部隊はボルネオのタウイタウイでぼんやりしている。内情は艦艇に十分な燃料はここでしか得られなかったし、アメリカはパラオに来ると思い込んでいるからだ。タウイタウイはパラオに近い。
日本機動部隊には潜水艦が張り付いていて動静は手に取るようだ。それがなぜかあさってのほうにいて、58TFにすれば狐につままれた思いであったろうが、「しめた」とも思ったに違いない。鬼の居ぬ間に本命の邪魔な基地を叩いて後顧の憂いをなくせる。
6月10日、日本の哨戒網を難なくかわした。日本は気付いていない。
11日1130、マリアナの東200カイリ(370km)に達し、まずF6Fヘルキャット208機を放つ。完全にスカイ・スイープの態勢だ。敵の戦闘機隊を壊滅させてしまえば後はどうにでも料理できる。かくて守備212機はまたたくまに消滅した。58TFは笑いが止まらなかったと思う。もう逆ミッドウエーではなくなった。
あくる12日は、安心してSB2CヘルダイバーとTBFアベンジャーが地上を叩く。13日には艦砲射撃を始め、掃海も開始した。いよいよ15日に上陸用舟艇の群れが発進する。
ここでやっとタウイタウイの日本機動部隊が出撃した。パラオに来ると確信していたアメリカが、案に相違して「マリアナに来た」とはじめて気が付いたのだ。出撃は潜水艦がすぐ打電し、アメリカは次の手を考える。
情けないことに、日本機動部隊には十分な燃料が無い。仕方無しにいったんフイリッピンのギラマスに寄って補給し、18日午後にマリアナ西の500カイリ(926km)に到達した。直ちに彗星艦爆を飛ばせて索敵する。
彗星は目指す相手をサイパンの西300カイリ(556km)沖、日本機動部隊から380カイリ(704km)のところで発見した。攻撃できない距離ではないが、収容は夜になってしまうだろう。そこまで操縦士たちの錬度は上がっていない。しかたない明日にしよう。
19日、いままでの轍を踏まないよう3段の索敵を構えた。0300第1段の索敵に零式3座水偵16機を発進させ、続いて2段目は97艦攻と零式3座水偵の混成14機が発艦して行く。3段目が本命の索敵だ。026°から106°の80°、距離は560カイリ(1,037km)から580カイリ(1,074km)、彗星8機に天山3機が0415を期して次々に離艦した。水偵3機も上がった。
珊瑚海海戦もミッドウエー海戦も索敵に手を抜いて破れた。今度は万全を期して十分な索敵機を放った。よもや敵発見で遅れをとることはあるまい。
第1報「敵艦見ユ」は本命索敵機の彗星ではなく、零式3座水偵が打ってきた。索敵では年季が違うし片手間のおざなりではない。「サイパン264°160カイリ、空母4、戦艦4、その他10、針路西、0643」。
前衛艦隊から300カイリ(556km)、本隊からは380カイリ(704km)である。後世伝えられるアウトレンジ戦法、敵の攻撃圏外から撃つ、まことに御都合主義の戦法だ。
0725、まず前衛から零戦17機、爆装零戦25機、天山7機が発進した。すかさず0745、本隊から零戦48機、彗星53機、天山29機が勇躍した。
本隊の攻撃隊が前衛上空に達したのが0840。そのとき何を勘違いしたか、大和、武蔵をはじめ前衛艦隊はこの味方を撃った。零戦1、彗星6、天山1があえなく墜ちる。水鳥に驚く平家を思わせ、敗戦を予兆させるに十分である。
前衛67機は進撃を続けたが、機影は58TFの150カイリ(278km)でレーダー・ピケット艦に捕らえられていた。58TFは邀撃の戦闘機を上げ、足手まといの爆撃機と攻撃機をマリアナ諸島の攻撃に向かわせ、合戦準備を整えた。アウトレンジ戦法など日本の独りよがりで、まるで通用していない。むしろ邀撃にゆとりをつくってやった結果になっている。
0930、67機がF6Fヘルキャットの邀撃を受ける。かいくぐって58TFに迫っても今度はVT信管の防御砲火の洗礼が待っていた。戦果はほとんど挙げられず、零戦8機、爆装零戦25機、天山艦攻2機が帰らない。得るところは無く、損害率は61%の惨澹たるものになった。
1時間半をおいた1054、本隊の122機が邀撃された。ヘルキャットはIFF(敵味方識別装置)を持っている。CICに管制され、有利に占位して襲い掛かる。爆弾と魚雷を抱えた鈍重な彗星艦爆も天山艦攻も逃げ切ることはできない。零戦32機、彗星43機、天山24機、損害率81%、ほぼ全滅の憂き目に逢った。「マリアナの七面鳥狩り」と嘯かれてもただ頷くより仕方が無い。
日本機動部隊は次々に攻撃隊を発進させたが、時間差がある50機、30機はただアメリカ戦闘機の餌食になるだけだ。ついに裸になってしまった。もう逃げるしかない。
20日、今度は落人狩りが始まる。算を乱して逃げ惑う日本艦隊を、アメリカ爆撃機と攻撃機が追い回し次々と撃沈していく。
マリアナ沖海戦の索敵主役は彗星艦爆であった。事実18日には立派に役割を果たしている。しかし情報は活かせない。本番の19日、多数が発艦しながら「敵艦見ユ」を発信したのは零式水偵だった。彗星は天下分け目の戦いで主役にはなれない索敵機であった。
●彗星艦爆
昭和13(1938)年、海軍は新しい艦上爆撃機を構想した。99艦爆が11年の試作命令だから間は2年である。不出来で意に染まなかったこともあろうが、艦上爆撃機という機種の理念はそっちのけで、相手圏外から撃つという大方針に大急ぎで合せたかったのだろう。
要求性能は最大280ノット(519km/h)以上、99艦爆から一挙に40%の速度向上だ。巡航速度は230ノット(426km/h)以上、99艦爆の44%増し、航続力は爆撃過荷重で1,200カイリ(2,220km)以上、驚くなかれ200%近い飛躍だ。過荷重では500kg爆弾の搭載が要求されていた。
飛躍があまり大きかったことと、海軍身内の空技廠が十分成長していたから、研究を兼ねて身内が設計にかかった。お手盛りの特殊法人贔屓と同じ構造である。
要求仕様は将来戦争の予測である。しかし空技廠に海軍航空の技術的ポリシーを作っていくという自覚など無い。海戦の将来を予測し、あるべき艦爆の姿を予測する、構想するなどは思いもしなかったのであろう。性能にこだわり280ノットを要求されたら300ノット(556km/h)を目指した。
冷静に考えれば巡航230ノットは少し変だ。戦爆連合が原則なら、戦闘機の巡航速度より速くてもあまり意味はない。零戦180ノット(333km/h)より速くてどうするのだろう。それとも烈風を考えていたのだろうか。それなら180ノットの天山艦攻は置いていくのか。
出来上がった機体は、要求を満たすために複座ながら零戦並のサイズになった。翼幅11.50m、全長は10.22m、主翼面積は23.60uである。零戦は12.00m、9.06m、22.44uだ。自重2,440kg、全備重量2,650k、過荷重では3,960kgである。さすが零戦よりは重いが、こんな寸法にしていったい艦上爆撃機をどう考えていたのだろう。
エンジンは高速を目指して液冷「熱田21型」が選ばれた。前面面積を小さくし、ひたすら要求に応えようとする姿勢である。
「熱田21型」はダイムラー・ベンツDB600のコピーであり液冷V形12気筒。離昇は1,200馬力、公称1,010馬力(1,500m)、965馬力(4,450m)である。幅712mm、高さ1,000mm、長さが2,097mm、重量は655kg。ヨーロッパを席捲したエンジンであり期待されたが、技術が追いつかずエンジンが間に合わない。
ついには、首なし機体が並ぶ結果になり、やむなく空冷の金星62型に換装され彗星33型になった。プロペラはハミルトン・スタンダード式の金属製定速3翅直径3.20m。「金星」装備型は3.00mである。
主翼は折り畳み式を省略するようエレベーター寸法以下にした。機構の重量を節約できるし取り扱いの手間も少なくできる。当然アスペクト比は小さくなり5.5となった。
しかし着想が変だ。機数を多くし大きな戦力で戦おうとする正道はどこかに消えてしまっている。これでは戦う飛行機ではなく、母艦甲板好都合飛行機に過ぎない。海軍航空技術の元締めが、主客の転倒を熱心にするのだから戦いは勝てるはずがない。
爆弾は胴体内に収容するため中翼配置で翼型は層流翼に近い翼型。セミインテグラル・タンクで防弾は無い。ダイブ・ブレーキはフラップの前に装備し、通常は翼下面を形成し抵抗にならない。実戦でダイブを開いた瞬間に釣り合いが変わるのを、操縦士がどう感じたろうか。
フラップは小さい主翼面積で揚力を稼がなければならないので、翼幅の60%に及ぶ大きなものになった。いきおい補助翼幅は狭くなったが効きは良かった。
脚やフラップなどの操作を電気式にした。今の電気製品で考えれば何ということもない決定だが、当時のレベルでは技術が追いつかず故障が続発した。
昭和15(1940)年11月15日には初飛行した。試作機は予想した性能を出したが実用性に問題があったので、海軍はとりあえず2式艦上偵察機として採用を決定する。昭和17年の7月である。艦上爆撃機として採用されたのは18年12月21日のことだ。初飛行から3年の月日が経っていて、しかも戦争は急を告げているときである。頻発する故障が克服できなかったからだ。
主攻撃武装は250kg爆弾である。過荷重なら500kg爆弾が積めた。だが500kgを積むためには発艦に相当な風を期待しなければならず、天気を当ての兵装になる。30kgと60kgなら2発が装備できた。機銃は機首に7.7mm
2挺の固定銃と後席に7.7mmが1挺である。
生産機数は2式艦偵を含め熱田エンジン装備が985機、金星エンジン装備が1,268機である。海軍機としては零戦、1式陸攻に次いで多いが、両機種のような華々しい記録を後世に伝えることはできなかった。負け戦というばかりでなく、戦争の道具として何かが欠けていたからだ。
●SB2Cヘルダイバー
99艦爆から彗星艦爆へ、最大速度は200ノット(370km/h)が300ノット(556km/h)へ飛躍した。巡航速度は160ノット(296km/h)が230ノット(426km/h)である。航続力は795カイリ(1,470km)が1,400カイリ(2,590km)になった。
SB2Cヘルダイバーは、SBDドーントレスから最大速度で40ノット(74km/h)速くなったものの256ノット(474km/h)に過ぎず、巡航速度はほとんど変わらず132ノット(244km/h)である。航続力も1,005カイリ(1,860km)が1,166カイリ(2,160km)になっただけだ。これが1,000馬力から1,900馬力の回答である。
では何に馬力を振り向けたのか。前方固定銃が12.7mm
2挺から20mm 2門に替わった。爆弾は1,000ポンド(454kg)1発に両翼100ポンド(45kg)ずつが、1,000ポンドと両翼500ポンド(225kg)ずつになった。打撃力は大きくなって防弾が強化された。それが進化の実態だ。
日本海軍は、性能を向上させて切り抜けられる戦場を想定した。アメリカ海軍は、防備を堅くしなければ切り抜けられない戦場を想定した。どちらの未来想定が正しかったかはマリアナ沖の海戦が冷徹に証明した。「七面鳥狩り」がその答えである。
マリアナ沖海戦の敗因は作戦計画の失敗、アウトレンジ戦法の失敗、情報収集の失敗などが列挙されているが、もしそれらが満足され、全勢力を傾けて衝突できたら敗れなかったのか。たぶん答えは否だ。
たとえ戦法がアウトレンジでなく、同時に艦載機を発進させたとしても、レーダーに捉えられ同じように邀撃されていたろう。むしろ近ければ、艦載機のみならず日本艦隊はもっと徹底的に叩きのめされたかもしれない。
兵力が違うことも言い訳になっている。だが900機対900機の戦いであったら惨敗にはならなかったのか。たぶんアメリカは半数が残り、日本全滅は避けられなかったと思う。
索敵情報収集もマリアナ沖海戦は相手より早かった。相手を確認し、攻撃隊を送り、それでも勝てなかったことの本質は、戦闘がまったく想定と異なる展開になったことである。彗星に期待した足の速さも足の長さもまるで役には立たなかった。彗星にした要求仕様は見当外れだったのである。懸命に応えた結果も「七面鳥」にしかなっていない。
未来を現在の単なる延長として捉え、機種の性能を上げる努力に傾けた思考法は、レーダーという他の方法で補う思考法に敗れたのだ。
翼を折り畳むのはエレベーターの都合ではない。母艦になるべく多くの機数を搭載したいためだ。主翼がエレベーター寸法に収まったから、翼を折り畳まなくてもよくなったと喜ぶのは本末転倒だ。
それは未来予測に最大の価値を見つける国民と、予測などはまったく意識に無く、追いつくことだけに価値を見つける国民の違いである。未来予測ができないから単純に方向線を伸ばしてそうなるものだと思ってしまう。
SB2Cの次に設計されたのはSB2D、後のスカイレーダーである。もはや相手とする日本機動部隊は眼中に無く、急降下爆撃も雷撃もそれほど重要に考えられていない。主兵装がロケット弾になることを予測する設計になって、太平洋戦争以後の彼方を見ている。
いま、官僚主導をやめようというのがこの国の決意だ。官僚組織は追いつくまでは効果的な手段だが、未来予測にはまったく不向きな存在なのだ。
未来予測の前提は情報である。情報は2つの要素から成り立っている。インフォメーションとインテリジェンスだ。マリアナ沖海戦のように、いくらインフォメーションを的確に捉えても、総合したインテリジェンスで破れれば戦いは敗北である。官僚組織にはインテリジェンスを麻痺させる何かがあると思わねばならない。 |