名人の風景■07.03.2003

奄美大島の北に宝島という小さな島がある。その少し東に小宝島。ほんとうの話だ。もし信じられないなら地図で調べてみればいい。

その宝島の沖で石油を掘ることになり、位置を出すためデッカのステーションを置くことになった。今では流行らぬ装置だが、当時は押しも押されもしない精密双曲線位置測定機である。実績があった。

つい脱線してしまうのだが、バトル・オブ・ジャーマニイでは、デッカの波に乗ったランカスター4発重爆撃機の群が、ドレスデンの夜空を焦がしハンブルグを灰燼にした。毎夜ベルリンに恐怖をまき散らしたイギリスの決め手だ。投弾の位置を教え暗夜の盲目爆撃を可能にした。要するにかなり精密な位置の測定機なのである。

宝島の南の浜は平らな草地で、ヘリコプターが着陸するのにお誂え向きの浜である。縁にソテツが三々五々生えていて、いかにも南の島らしい。名前が宝島であってもちっとも不思議な感じがしない。それどころかひょっこり片足義足のフック船長が出て来たって驚きはしないだろう。これは石油も出るだろうと心が踊る島だ。

わくわくすることに島の西に鍾乳洞があり、しかもかなり大きい。もちろん伝説があって、洞窟のどこかに宝が埋まっている。埋めたまことしやかな船長の名もあったのだが、残念ながら誰だか忘れてしまった。確か横文字の名前だったと思う。

でも住んでいるのは日本人で、だからカリプソなんか聞こえてこない。東洋も西洋もごちゃまぜにして跳躍があるのが楽しい。南の島はおおらかだ。

小さな島だからホテルも旅館もなく、僕たちは分散して民家に泊めて貰った。僕の割り当てられた家は中年の夫婦二人だけ。主人は島一番の素潜りの名人だそうで、名人の例に漏れず寡黙でシャイな人だ。そのぶん奥さんが陽気でよく喋る。

夕食のとき素潜りの話をしたら給仕をしながら奥さんが教えてくれた。

「夜潜るんです。そうすると岩と岩の間にサメが寝ているんです。ときには3匹くらいが階段みたいに仲良く寝ていて、それをそーっと抱いて上がって来るんです。サメは目を覚まさない。覚まさないように抱く」

何だか嘘みたいな話だが、ご主人は相槌を打つでもなく否定するでもなく表情を変えない。したがって嘘か本当かは分からないが本当だと信ずる。

「サメを抱ける人はこの島でも少ないんです」

デッカは3局を設置する。東隣の小宝島と西側の横当島だ。楽しいことにこの横当島がヒョウタン形、両側に山がありくびれたところが低くて平らになっている。

その頃NHKが「ヒョッコリひょうたん島」という人形劇をやっていた。ひょうたん島は動ける。横当島も動き出しそうな気がしておかしかった。計っても計っても、そのたびごとに位置が狂っていたら現代科学はお手上げだ。

頼まれないから低いところに機材を運んだが、山頂まで人がかついで登っているではないか。ヘリコプターを知らないのか。能力を無視されたようで気色が悪い。機器を降ろすときにはスリングするから運ばなくても良いと提案した。責任者のヴァン・ハルダーさんが驚いている。

「そんなことができるのか」というから、「心配なら乗っていたらいい」と答えて吊り降ろした。荷物の重量は500kgに足りないのだから鼻歌の仕事だ。ハルダーさんが目を丸くしている。つまらぬことに感心する人である。

デッカでロケーションを出し誤差4mで白龍号の位置が決まった。12本のアンカーでしっかり固定され島での任務が終わった。

宝島から帰るとき、大勢の人たちが見送ってくれた。奥さんが笑いながら手を振っている。そしてご主人がソテツの傍らで後ろ手に立っていた。もちろんニコリともしない。それでいて名残を惜しんでくれる気持ちが伝わってくる。さすが名人だ。


転んだマッチャン■06.05.2003

いよいよ会社も緑化工事に手を染めようということになった。緑化工事というのは斜面に草の種子などを撒いて、緑を取り戻す仕事だ。最近はエコロジーとかいって、正義の味方のような作業だが、当時はあまりパッとした注目を集めない。ヘリコプターでやる仕事としてはつまらぬ仕事の部類に入る。

道路に付随する工事は土木の仕事だしカッコイイというわけにはいかない。ヘリコプターでは崩壊斜面に撒くのだから、山奥の仕事で更にジミなのである。若いパイロットにモテルはずがない。業界1位を誇る朝日ヘリコプターは横を向いていた。

そのためということもないだろうが、A社とN社が事業にして3年の成績が今ひとつで煮え切らない。それならば我が社で、という気になったのかどうかは分からぬが、ともかく緑化工事をしようということになった。

初対面が喧嘩で、2度目は意気投合した妙な行きがかりの営業担当役員がいた。あるときその役員が某操縦士をやたら褒めて、「神様だ」と言うから、神様になるのはそう難しいことではない「新しい仕事に初めてぶち当たればたいていは神様になれる」、そう宣言した。2人ともかなり酔っていたのである。

そんなときに緑化工事に出会った。神様になるチャンス。これこれと手を挙げた。つまらぬ仕事と冷たい眼差しの操縦士たちにとってみれば、手を挙げる僕は歓迎すべき奇特な存在だったろう。誰も文句はない。

後日談だが、結局僕は神様になれなかった。仕事は尻切れトンボになり、人の口の端に乗ることもない。日本には八百万の神様がいるというが、その端でも名を連ねるとなると容易ではないと知った。

さてA社もN社も普通の農薬散布装置を改造して使っていた。しかし散布は普通でない。朝日ヘリコプターはまったく発想の違う装置を考案した。設計したのがマッチャンである。

出来てきたばかりのピカピカの装置でマッチャンが原理と構造を説明する。円筒形のバケットの底が落ちる仕掛けだ。

オフセットしたレバーがあり持ち上げて底をロックする。レバーが跳ねると底が落ち、全周に5cmほどの隙間が出来る。バケットの液はその隙間から勢いよく出て、貴婦人のスカートのように広がる勘定だ。操縦士はスカートで崩壊地を覆えばよい。ウーム、シラノ・ド・ベルジュラックになればいいのだな。

さてレバーを開ける仕掛けがミモノだ。マッチャンは青白き天才なのである。オフセットを解くのだからかなりリキが要るのだが、おいそれと適当なモーターはなく、何を思いついたかトラックのワイパーモーターを持ってきた。

リキがないからアームにカウンターウエイトを付け、1周してアンダースローでレバーを叩く。レバーには衝撃荷重が掛かり、衝撃荷重は静荷重の2倍が原理である。非力なモーターでも吐出口は見事に開いた。

ただし操縦士には難しい。スイッチを入れてからアームが勢い付けてレバーを叩くのに時間が掛かる。このタイムラグが読めないとスカートはアサッテで開く。

マッチャンは睨み「ミヤタさんにはできるでしょ」。いやあこれは楽しい装置だ!

最初が愛知の奥の設楽の山奥だった。歴史に名高い長篠に近い。空の決戦は大袈裟だけれど、A社N社とは甲乙をつけてやろうと張り切る。

マッチャンは僕のアルエットに乗り、設楽が原にと駆けつける。白いつなぎの作業服を着て、山腹にしつらえたヘリポートの上で活躍だ。

散布装置が2個、代わる代わる吊って行き散布する。散布している間に次の薬をつぎ込む算段だ。リズムに乗れば大空のタンゴである。相手は貴婦人。

ところがマッチャンは忙しい。なにせ開度を何cmにしたら何秒で液が出るのかが分からない。あっちを締めたりこっちを弛めたり、マッチャンは大忙しである。

アプローチしていく間もマッチャンはスパナーで装置に取り付いている。締め終わって駆け出したが、液には撒いたものが山肌に活着するよう糊が入っている。で、濡れたヘリポートは滑りやすい。転んだマッチャンの白いオーバーオールが、マーカーブルーでたちまち緑になった。

恨めしそうなマッチャンの目、フレアーをかけながら僕はつい笑い転げてしまう。頑張れマッチャン。

余談になるが何年も後、マッチャンがそれらしい歳になったとき、マッチャンは重役になった。


始末書■05.16.2003

航空局や空港などへ、やむにやまれず書いた始末書は多い。ヘリコプターは例外の空を飛ぶから、うっかり事務処理が不手際だったりすると始末書なのである。うっかりしなくても着陸したら電話まで1時間もかかり、今度こんなことをしたらレスキューをかけるぞと怒鳴られた。始末書一歩手前である。

新し物好きは性分である。時計でも電化製品でも、新しい仕掛けの品物が出てくるとすぐ買いたくなる。もちろん仕事となれば手を上げても新しいことがしたい。

新しい仕事には前例がなく、許可に手間取ったり拒否されたりするが、その時はもう仕事が終わっていたりする。得てしてこんなときがいけない。たちまち御用になって始末書だ。「二度と再び不始末はしません」と書くことになる。何枚書いたか勘定ができない。

最後の始末書は覚えている。会社の小型ヘリコプターが尾瀬で不時着した。環境庁が真っ赤になって怒り、すぐに撤去せよと厳しいお達しだ。本社が慌てて電話して来た。

運が良いのか悪いのか、近くに手ごろなヘリコプターがなかったらしい。信州でピューマを飛ばせていたから拝み倒されて吊り上げることになった。ただし何も許可が無い。いきさつを話し口頭でよいからすべての許可を取り、その時間に合わせてフライトプランを入れてくれと頼んだ。電話の相手は地獄に仏である。ささやかな要求を二つ返事で請合った。

ところが彼、許可は何一つとして取らなかった。テレビが格好の話題を見逃すはずもなく、その日のうちにバレバレとなった。今度はコケにされたと航空局が怒る。物凄い剣幕で電話が掛かって来て、夜中の何時になっても待っているからとの御託宣だ。かくて真夜中の始末書になった。

社内でも始末書を取られたことがある。顛末はこうだ。

出張から帰ったら空き家になっていた。表札もないしもちろん無人だ。これには驚いた。しかたがないから女房殿の実家に行ったところ、テキはニコニコ笑って「お帰りなさい」ときた。

舅も姑もこっちの気持ちはお構いなく、「酒!」てな具合である。どうも両親、娘が無断で引っ越したとは思っていないらしい。燗がついて肴が並び、酔いが回って何が何だか解らなくなった。ご馳走様を言い帰っていったのはもちろん見ず知らずの家であった。大変な女を女房にしたらしい。

本社の総務担当が怒った。「所長が無断で引っ越すとは何ですか! 連絡しようにもどうにもならない。こんなこと二度としないと始末書を書いて下さい!」。

1年もしないうちにまた出張中に引っ越された。しかし今度は出張先に電話してきたから、すかさず本社に連絡し、始末書攻撃をかわすことができた。やれやれ。

あるとき出張から帰ってきたら女房殿凄い勢いで怒っている。「ご近所、私のことオメカケさんだと思っているのょ」「あなたのこと、若いのに甲斐性があるですって!」。

その頃のヘリコプターはやたら出張が多かった。日数も回数も常軌を逸していたのかもしれない。世間は面白オカシク見たがるものだ。まあ仕方がないか。

次に出張から帰ってきたら自動車の免許を持っていた。秋田中探してもオナゴのドライバーなどいない時代である。「19教程で取ったの」。

次の出張から帰ったら自動車があった。そこでエンジンはどうなっていると聞いたら、ボンネットを開けて「あら!この自動車エンジンが無い」。笑い話ではない本当の話だ。

たまたま県庁の課長さんと歩いていたらサングラスを掛け颯爽と走っていく。「世の中変わるものですぇ」と課長さん。まさか私の女房ですとも言えずモゴモゴ。

例年8月になると秋田の農薬散布が始まる。出発の日は空港に5機が勢揃いして、古式豊かに安全祈願の式典がある。祭壇が設けられ神官が厳かに祝詞を上げるのだ。杯の御神酒を舐め、祭壇を片づけて5機が離陸していく。関係者がターミナルの前に勢揃いして手を振っている。屋上には女房殿も手を振っている。今度は何をやらかすやら、始末書だけは勘弁してくれ。