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転んだマッチャン■06.05.2003
いよいよ会社も緑化工事に手を染めようということになった。緑化工事というのは斜面に草の種子などを撒いて、緑を取り戻す仕事だ。最近はエコロジーとかいって、正義の味方のような作業だが、当時はあまりパッとした注目を集めない。ヘリコプターでやる仕事としてはつまらぬ仕事の部類に入る。
道路に付随する工事は土木の仕事だしカッコイイというわけにはいかない。ヘリコプターでは崩壊斜面に撒くのだから、山奥の仕事で更にジミなのである。若いパイロットにモテルはずがない。業界1位を誇る朝日ヘリコプターは横を向いていた。
そのためということもないだろうが、A社とN社が事業にして3年の成績が今ひとつで煮え切らない。それならば我が社で、という気になったのかどうかは分からぬが、ともかく緑化工事をしようということになった。
初対面が喧嘩で、2度目は意気投合した妙な行きがかりの営業担当役員がいた。あるときその役員が某操縦士をやたら褒めて、「神様だ」と言うから、神様になるのはそう難しいことではない「新しい仕事に初めてぶち当たればたいていは神様になれる」、そう宣言した。2人ともかなり酔っていたのである。
そんなときに緑化工事に出会った。神様になるチャンス。これこれと手を挙げた。つまらぬ仕事と冷たい眼差しの操縦士たちにとってみれば、手を挙げる僕は歓迎すべき奇特な存在だったろう。誰も文句はない。
後日談だが、結局僕は神様になれなかった。仕事は尻切れトンボになり、人の口の端に乗ることもない。日本には八百万の神様がいるというが、その端でも名を連ねるとなると容易ではないと知った。
さてA社もN社も普通の農薬散布装置を改造して使っていた。しかし散布は普通でない。朝日ヘリコプターはまったく発想の違う装置を考案した。設計したのがマッチャンである。
出来てきたばかりのピカピカの装置でマッチャンが原理と構造を説明する。円筒形のバケットの底が落ちる仕掛けだ。
オフセットしたレバーがあり持ち上げて底をロックする。レバーが跳ねると底が落ち、全周に5cmほどの隙間が出来る。バケットの液はその隙間から勢いよく出て、貴婦人のスカートのように広がる勘定だ。操縦士はスカートで崩壊地を覆えばよい。ウーム、シラノ・ド・ベルジュラックになればいいのだな。
さてレバーを開ける仕掛けがミモノだ。マッチャンは青白き天才なのである。オフセットを解くのだからかなりリキが要るのだが、おいそれと適当なモーターはなく、何を思いついたかトラックのワイパーモーターを持ってきた。
リキがないからアームにカウンターウエイトを付け、1周してアンダースローでレバーを叩く。レバーには衝撃荷重が掛かり、衝撃荷重は静荷重の2倍が原理である。非力なモーターでも吐出口は見事に開いた。
ただし操縦士には難しい。スイッチを入れてからアームが勢い付けてレバーを叩くのに時間が掛かる。このタイムラグが読めないとスカートはアサッテで開く。
マッチャンは睨み「ミヤタさんにはできるでしょ」。いやあこれは楽しい装置だ!
最初が愛知の奥の設楽の山奥だった。歴史に名高い長篠に近い。空の決戦は大袈裟だけれど、A社N社とは甲乙をつけてやろうと張り切る。
マッチャンは僕のアルエットに乗り、設楽が原にと駆けつける。白いつなぎの作業服を着て、山腹にしつらえたヘリポートの上で活躍だ。
散布装置が2個、代わる代わる吊って行き散布する。散布している間に次の薬をつぎ込む算段だ。リズムに乗れば大空のタンゴである。相手は貴婦人。
ところがマッチャンは忙しい。なにせ開度を何cmにしたら何秒で液が出るのかが分からない。あっちを締めたりこっちを弛めたり、マッチャンは大忙しである。
アプローチしていく間もマッチャンはスパナーで装置に取り付いている。締め終わって駆け出したが、液には撒いたものが山肌に活着するよう糊が入っている。で、濡れたヘリポートは滑りやすい。転んだマッチャンの白いオーバーオールが、マーカーブルーでたちまち緑になった。
恨めしそうなマッチャンの目、フレアーをかけながら僕はつい笑い転げてしまう。頑張れマッチャン。
余談になるが何年も後、マッチャンがそれらしい歳になったとき、マッチャンは重役になった。 |