イナチャンのコンパス■04.18.2003

買ったばかり、トラの子のベル214Bが墜ちてややこしいことになった。なにせ214Bの名前はビッグリフター、宣伝文句では2トンを吊ることができる。現用日本のヘリコプターでは最大で、まだ日本中に1機しかなく、こともあろうにそれが墜ちたのである。

さっそく都合の悪いことが起きる。214Bで計画した仕事が出来なくなってしまったのだ。他社には勝ちたいが、高いから1機だけしか買えない。でもあるぞと鳴り物入りで宣伝し、よそを押しのけ仕事を取った報いがドット来た。

さらに悪いことが起きる。これから運ぶはずだった計画は拝み倒して変更もできるが、運んでしまった機械が山の上にある。2トンだというからそれで作ってしまった。分解して軽くすることもできない。どうしてくれると客は真っ赤になって怒る。当然だろう、そんな品物は代えが無く、高価に決まっている。

「オレにまかしておけ」と言ったものの覚悟の腹を括る必要があった。機体はベル212を使うしかないが、性能が足りず普通の手段で出来るはずはない。手品みたいな手を使わなければならない。

なにより大事なのは整備士だ。性能をひねり出す頭脳と、やりきる度胸がなければならないが、意気に感じる軽やかさも要る。ごちゃごちゃ説明しなければならないのでは堪らぬ。そこでイナチャンに白羽の矢を立て説明したら目が笑っている。念を押したらくどいと返事が返ってきた。

崖に向かってホバリングしている。高度計は5,000フィート、後ろは谷底だ。細い山道に分解されたブルドーザーがあって、重さは1トン800ある。とても212では持ち上がらない。ようするにジャンプして、ローター回転が赤マークを切るまでに勝負をしようというのである。

初めの赤マークで45°ホバターンした。LOW-RPMホーンが金切り声をあげ始めたときには地面に着いて息をつく。次の赤マークで90°。4回目で谷底だ。山は緑で空は青空である。
「イナチャン行くぞ!」
「よしきた!」

身を躍らせて谷に飛び込む。回転が赤マークに近づきLOW-RPMのワーニングがけたたましく鳴る。奥歯を噛んで堪え、機速がずんずん増えて遂に30ノットを超えた。回転が回復しやがてワーニングがおとなしくなった。

60ノットにして弧を描いて飛ぶ。降下弾道を調整し、荷下ろし点に荷物を命中させなければならない。へたにワーニングを泣かせたら、アサッテに荷物を降ろす羽目になる。

慎重に卸したつもりが50cmほど手前になった。ワーニングが怒り狂っている。ブレードはめいっぱいコーニングしているだろう。地上は前に持ってこいとシグナルしているが、イナチャンは無情にフックをカットする。

ドアを外し、バッテリーを外し、しまいにはカウリングも外して214Bの後始末の道中をした。滑稽にも要らないだろうと思う計器も全部外した。もちろんマグネット・コンパスもだ。いくらも軽くならないのに気は心。

ある日、常磐幹線に1本だけ脚柱の建て込みがあるという。ただ運ぶだけではケリが着かない。掘った穴に鉄柱を入れるのだ。まさに男の仕事だけれど、重量は1.5トン、212の性能ぎりぎりだ。燃量がこれまた赤マークを切ったあたりの仕事になる。

ここは思案のしどころだ。冒険だがフェリーに1時間、そこでLOW-FUELのワーニングが点灯するように離陸した。ワーニングは正確に灯き、そのときの残燃量は20分である。余分が無いきわどい決心である。

さて、当てごとと何かは向こうから外れる。峠を越えたら雲で、しばらく不決断に飛んだが切れそうにない。口惜しいけれどこりゃあ引き返すのが正解だ。

反転したら驚くなかれ一面の雲、さっき越えてきた稜線が見えない。イナチャンが声をあげ、狂ったようにペデスタルから取り出したのが、ウエスにくるんだコンパスだった。目の前に捧げ持って反方位を指差す。笑っちゃうね。


ニギリメシ■04.08.2003

強制冷却ファンのマウントというと想い出すことがある。やはり八郎潟での出来事だ。そもそもヘリコプターのエンジンは座席の陰にある。陰でなくとも気流に突き出してないから、レシプロ・エンジンでは特別に冷却する方法を考えなければならない。

ベル47はエンジンを垂直に立てて搭載した。かなり無理な格好で付いている。強制冷却ファンもエンジンの回転軸から離れ、しかも90度ひねって付いていた。妙な力がかかる設計だ。空気が逃げないよう付いていたシュラウドもホックで止めてあって漏れ、こんなんでいいのだろうかと心配になる。

干拓が進み入植者が生活を始めた頃のことだった。日本の新しい稲作の先駆者になるということで、入植した人々は溌剌としていた。大型機械化稲作を目指していたから、播種も除草もヘリコプターが行い、追肥までこなした。訓練したりされたりで皆顔見知りだ。今はどうなっているか分からないが、稲作大学があり、僕は教官の教官を務めた。

ここ大潟村は八郎の湖面が波を立てているときから見ている。葦の種も撒いた。水田になっていく課程にずっと係わってきたから、まるで自分の田圃である。全部の地主で、それを貸しているような気分だ。

まだ路肩のポプラは苗木で、今朝はそよ風が吹いている。散布が終わってから朝飯にしようと、ヘリポートの隅にはニギリメシとガッコとお茶が風呂敷をかぶっている。ニギリメシは子供の頭くらいあって、ゴマがふってあり海苔はない。その昔の伝統的なニギリメシには海苔なんて無い。そしてここのニギリメシは滅法美味いのだ。

飛びながらニギリメシを考えていた。ニギリメシは日本人の心のふるさとだ。弥生式稲作農民の証しでもある。

機腹にとてつもない音がして我に還った。所々にヘドロの深いところがあって、ブルドーザーとか機械が危ないことになる。噂では重機がヘドロに沈没したそうだ。だからそれを知らせる細い竹竿が立てられ、油断すると機腹を叩いて音を立てるのだ。アルミの殻に鳴るから安手のドラムよろしく派手に音を立てる。

音の正体が知れ、やれやれと心臓が落ち着いたとき、まったく違う音がして飛び上がった。どうしてこう意地が悪いのだろう。

素早く計器を一瞥すると筒温計が狂ったように上昇していく。考えるまでもなく不時着だ。

乱暴に機首を引き起こしてフレアーをかけ、筒温計と競争で農道に滑り込んだ。すかさずミクスチャーを引きエンジンを止める。冷機運転もなんのその。既に筒温計は赤マークを越えている。フーッ。

やおら座席を降り、エンジンを見て驚いた。マウントが折れ、強制冷却ファンが飛び出し操縦系統に食い込んでいる。プッシュ・プロ・ロッドが曲がり危うく操縦不能になるところである。シュラウドもズタズタだ。道理で筒温が上がったわけである。

しばらく待ったが機付長のカンチャンが来ない。急に爆音がしなくなったのだから気が付かないはずはない。待つ身はつらく腹もすいている。やむなくヘリポートまで歩くことにした。どれほど歩いたろう並の整備士なら駆け回っている時間だ。のんびり屋のカンチャンどうしているのかしら。

やっとヘリポートに着いた。ところがである。10人ほどのオバチャンに囲まれ、何がおかしいのか笑いながらカンチャンが大事なニギリメシを喰っている。終わってから喰うと言っていたのに! しかも現れた僕を見て、
「あれ? ミヤチャンどうしたの?」

ニギリメシでキレているのにこの質問である。さっき離陸していった操縦士が歩いて帰ってきたら不時着に決まっている。もう完全に理性がケシ飛んだ。
「機体を見てこい!」
「何処?」
「探せ!」

ああ食い物のウラミは恐ろしい。しかも、しかもである。なんたることだろう。オバチャンたちまでニギリメシとガッコを持ったまま、ぞろぞろとカンチャンの後をついて行くではないか。僕はよほど凄い顔をしていたらしい。



ヌード■04.01.2003

そろそろ環境問題が新聞に載り始めた頃である。釧路である企業の調査飛行をしたことがあった。工場を建てた時の、煙突から出る煙の拡散予備調査なのだが、たまたまその企業名がヘリコプターの胴体に書いてあった。企業は無視できず、だが予備の段階ということもあって企業名は隠したい。

調査の期間は1週間くらいだったから、消してまた書くのは無駄だ。それなら名前を隠せばいいだろう。何か上に張ればいい。横着にもそう考えた。

飛行機のノーズアートはヌードと相場が決まっている。そうだそうだヌードにしよう。だが機付長はヘリコプターを自分のものと思っているから、それ相当の仁義を切らなければいけない。機付長はうんと若いガンチャンである。

その頃のガンチャンは不良で反逆児である。組織なんてメじゃないはずなのに、この時はやたら良俗にこだわりヌード反対なのだ。しかし突っ張っている弱みに付け込めば相手は頑張れない。いやがるガンチャンを追い立て本屋に行った。

旅館がヌサマイ橋のたもとで、近くに古本屋がある。古い怪しげな週刊誌をタダみたいに10冊ほど買って、トビラのヌード写真を2枚選んだ。残念ながら美術ヌードではないからいささか品位がない。

いい案配に企業名が隠れる大きさだ。丁寧に作ったが糊張りだから雨で剥がれてはいけない。それならばとクリーラッカーを塗ったら一段と映え、楽しいことにサマになるではないか。調査で乗る人が驚いて必ず足を止める出来映えだ。しかし剥がせと言った人は誰もいなかった。ニヤリとする。

かくて僕はノーズアートのヘリコプターで10日ほどを過ごした。日が経つほどにガンチャンもアレルギーが取れて、だんだんと気に入ったようである。それならばとある日、
「機首に折り重なる桜、テイルブームは花びらが散ってフィンに短冊がある。『あかよろし』なんて書いてあるんだなあ、どうだ?」
「ダメです! 絶対にダメ!」

それから10年も経ったろうか、僕たちはSA-330Jピューマで五島列島の福江島にいる。気付長はガンチャンだ。

うららかな日、エプロンで機体に上りカウリングを開け、点検しながら僕とガンチャンが軽口を叩いている。そこへYSのクルーがやってきた。綺麗なスチュワーデスもいて、キャプテンが言う、
「コクピットを見せて貰っていいですか?」
ガンチャンが気楽に下を見下ろ、「いいですよ」。

しばらくするとクルーが降りて来て、感に堪えないようにコパイが言った、
「われわれのYSより凄い」

ADFとVORが2セット、DMEがあってレーダーがあって、それからなにしろフルパネルなのだ。ヘリコプターだからといってイワシのムシリカスみたいな時代じゃない。HFも電波高度計もある。

ガンチャンの目が笑っていて途端に想い出した。
「なあ水性でいいからサクラと短冊描かしてくれよ」
「絶対にダメ!」
「すぐ消すから」
「絶対にダメ!」
しつこいねぇ、10年も前の話を忘れていないのだ。

念のため断っておくがスチュワーデスの後ろ姿でヌードを想い出し、連想で桜と短冊を想い出したのではない。ただ何の脈絡もなく、アートを思いついただけである。