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蛍の夜■12.10.2002
T-6テキサンもT-34メンターと同じで、マツちゃんとテツちゃんと僕が、同じ教官のグループである。教官はマモットさん。またPISが終わったばかりの新米教官である。
防府ではマツちゃんはデキが良くてトップソロだった。そこで落ちこぼれ2人とは別にグループを出された。朱に交われば赤くなる。だからグループを出されたのだろうが、ここでは下手なのに僕が出された。
T-6はムカシ型飛行機だ。メンターと同じ巡航速度のくせに重量は倍もあった。おまけに尾輪式だから引き起こすとでっかい星形エンジンが機首を占領する。前が見えない。とびきりチビの僕には、はなはだ具合が悪い飛行機である。なにしろエンジンのR-1340は直径が1,315mm、零戦のエンジンより太いのだ。部屋のプラモによれば、図体は2式単戦鍾馗よりも大きい。僕は特製の背当てを抱え、機体をよじ登る。
抱えたでかい背当、落下傘を腰に揺らしてランプを歩く姿はさぞや滑稽だったろう。今でも同期会には思い出して腹を抱える奴が居る。
それだけでもハンディなのに、何の因果かソロ直前にグループを追い出されて教官が替わった。
新しい教官のモーリャさんは佐官で基地の安全幹部である。教官は片手間のアルバイト、訓練生は僕ひとりで、飛ぶ直前にみえられ、訓練が終わればあまりごちゃごちゃせずに帰ってしまわれる。みんなが教官のブリーフィングを受けているとき、僕は孤児のようにひとりでポツネンとしていた。
ある木曜日の搭乗割の僕の欄はソロと書かれていた。だがその日はあいにくの雨だった。次の日も雨で、航空自衛隊の訓練は土曜日曜に飛行が無い。月曜日におそるおそる搭乗割を見るとアシスタント・コマンダーのチェックになっていた。間があきすぎた。
いきなり最初のアプローチでアシスタント・コマンダーが喚く。僕は何がなんだかわからない。普段と同じにできて安心し、喚かれる理由がわからない。哀しいことに最後までどうして良いかわからなかった。報告にコマンダーが口を歪め、僕はマモットさんに返された。ソロは取り消しだ。
「ミーヤタ、手足を離せ」「100回超えたらバカだぞ」。アウトになった者は去り、皆ソロに出たっていうのに、防府のメンターのときよりもっと悪く、僕はこの期に及んでマモットさんのデモを受けている。ナンテこった!
マモットさんも焦っていたろうが言葉にも態度にも、おくびにも表さない。平家蟹のような体躯が悠然と笑い「遊びに来い」と言う。涙が出るほど信頼が嬉しい。
師弟は原初な人間関係である。親子のような因果もなく、どのように信頼が芽生え育つのだろうか。たとえそれは分からぬにしても、信頼されて期待に応えなければ男ではない。
奥さんの手料理でマツちゃんもテツちゃんも僕も、したたかに飲み、笑いさざめきながら夏の夜道を与太って帰った。稲が夜を描き、蛍が飛んでいた。
ソロに出たらまたモーリャさんになった。モーリャさんはニコニコして後席に乗り、タッチアンドゴーを3回したら「ソロで飛んで」と降りてしまわれる。
スーパーチャージャーを効かせ富士山めがけて昇っていき、僕のT-6は天国だった。お陰というか因果応報というか、また30時間チェックは散々なていたらくで、またもマモットさんに返された。申し訳ありません。
ある日オオクズレ上空でマモットさんスロットルを絞り、フォースト・ランディング。たまたま前日は違う教官で、同じ場所、同じ高度でフォースト・ランディングがかかった。絵に描いたように静浜に滑り込んでお褒めを頂戴したばかりである。「来たか長サン待ってたホイ」
ところが今日は向かい風が強く、柳の下にドジョウは2匹いなかった。高度を失ってファイナルで低いから、「フラップも出しません、脚も降ろしません」と後席に声を掛けアプローチした。
突然にモーボ(移動指揮車)が喚きだした。「シップ オン
ファイナル スティル ユウ ハブ ノーギア ゴーアランド!」
フライト・ルームに帰るとアシスタント・コマンダーが真っ赤になって怒っている。
「ピンク!」
「フォースト・ランディングで低かったからギアを降ろしませんでした」
「ピンク!」
ソロの時もそうだった、どうも僕はこのアシスタント・コマンダーと相性が悪い。直立不動起立している僕にマモットさんが言う。「まあ座れ。判断は間違っていなかった」
黙ってピンク・スリップを書くマモットさんの目が悲しそうだった。
「ミーヤタ、最後まで付いてきたら奢るぜ」。テツちゃんとマモットさんが乗ったT-6は真夏の陽を跳ね返し急機動で逃げ回り、60°バンクで相模湾に突っ込んでいく。僕は楽々とトレールで追っていき、「ダダダダ」射弾の口真似をして「撃墜!」。
その晩もマモットさんとマツちゃんとテツちゃんと僕と4人、果てしなく飲んだ。蛍が飛んでいたかどうかは覚えていない。 |