九戸の出会い頭 ■11.05.2002


むかし池袋のデパートにヘリポートがあった。そこをネグラにしていたとき、離陸直後にエンジンが故障したらどうなるのだろうと心配でしょうがなかった。

たぶん山手線に不時着する。そうすると向こうから電車が走ってきて、ヘリコプターと電車が正面衝突する。起きることを想像すると身が持たない。新聞の見出しを考えるといかにも珍妙だ。

ヘリポートもさることながら、低空を飛んでいると変なことに出くわす。

▼カラマツ
北海道は本場なのだが青森や岩手にもカラマツが多い。おおよそ用材にならない木なのだが、灰燼の中から立った戦後復興は、貧しい資金を集中して使わなければならない。選ばれたエネルギーは石炭で、生産の坑道には支える材木が要る。カラマツは建築材にはならないが成長が早くて坑材にはもってこいだ。やたら植林された時代があった。

ところがカラマツには持病がある。先枯病だ。植物の成長は先端が伸びる。その先端が枯れるのだが、枯れるといくつも枝分かれして、まるで箒のようになってしまう。したがってまっすぐなカラマツを育てるために、春に防除が必要だ。

適期は梅雨のシーズンである。東北の梅雨はあるか無きかのようなものだが、梅雨は梅雨、飛行に適しているとは言い難い。ましてカラマツ林は山である。

岩手山の山麓に小屋があって、そこに一人の老爺が居た。老爺はかつて造林人夫の長であったが、今は隠居して火の番をしている。先枯防除というとその老爺を思い出す。

山に雲がかかると、飛行は停止にして老爺のストーブの相伴に預かり、切り株を輪切りにした椅子に腰掛けて黙然と火を見つめる。

いったいに東北の男は寡黙である。老爺は特に寡黙であった。さりとて不機嫌というわけではなく、白いまつげと穏やかな顔で薪をくべる。ほとんど口は利かなかったが、男の素形はこれだと感じさせるいい顔をしていた。

仕事が終わって次のカラマツ造林地へ移動するとき、老爺は戸口に立って穏やかな顔で離陸を見送ってくれた。それだからかもしれない、カラマツというと僕の心象風景では、目の覚めるような新緑のカラマツ林とストーブの前に座っている老爺である。

▼油断大敵
いい気分で岩手山を去り九戸に向かったのだが、一戸を過ぎると何の因果か雲が低くなってきた。またもや地を這う羽目になる。いくらヘリコプターが低空を得意にするからといって、やっぱり低いのは有難くないのだ。ましてや初めての土地での低空はやめたい。とはいうものの頭を雲で押しつぶされたのでは仕方がない。老爺もカラマツも吹き飛んでしまった。

ここらあたりは北上山脈の北のはずれである。高くはないし折爪岳を回るほどもなかろうと多寡をくくり、県道を辿っての地文航法である。それでも道路を右にはずして用心だ。道はつづら折れにくねって、頂上で鋭角に曲がっている。

いきなり青葉の陰から乗合バスが出てきた。もちろん道もはずして十分な高度は取っていたからぶつかる心配はないのだが、こっちも驚いたがバスの運転手はもっと驚いたろう。制服制帽の見上げる顔が「アッ」と言っていた。声さえも聞こえたように思えた。

まさかバスの運転手も、ヘリコプターと正面衝突の危機に遭うとは思ってもなかったろう。ハンドルを切り損ねたのではないかと旋回してみたが、バスは峠を下っていく。誠に申し訳ないことをした。


グリーンガン■10.30.2002

いまでこそ日本のエレクトロニクスは世界最高だが、つい昨日までは甚だ怪しかったのである。わずか40年前だ。トランジスターを作りウォークマンを作った人に、もっと敬意を払わなければならない。

▼さまよえる無線機

秋田の空港がまだ新屋の海岸にあった頃で、しかも開港も間もない頃の話である。ヘリコプターが積んでいたVHF無線機はMAR-4Aというスーパーヘテロダイン。これが真空管式で、8チャンネルしかないのに15ポンドもあった。重くて振動に弱いからふわふわした立派な4本足に乗っている。

もっともアブソーバーが効いていなければすぐ不調になる。第2次世界大戦の無線機は大層な防振台に載っていたのはもっともなのだ。真空管の細い足はデリケートなのであった。故障はおおむね接触不良で起きる。

だから暖めて蹴飛ばすという修理法は理にかなったものなのである。蹴るというのは穏当ではないが、いつもと違う振動を与えて接触を変えるのが正解だ。暖めるのは真空管の足にホコリや湿気がたまり、高圧電流が逃げるのを防ぐのである。

ヘリコプターだから程度の低い無線機なのだろうと馬鹿にしてはいけない。軍用名はARC-1であり、世が世であればP-51ムスタングに積まれていたっておかしくはない。その当時はT-34メンターにもT-6テキサンにも積まれていた。

ともかく無線機は信頼性に乏しく重かったし場所もとった。あまり信用されていない。その上ヘリコプターは農薬散布装置を付けると、重心の都合でバッテリーをキャビンに移さなければならなくなる。落ち着く先が何処かというとそれが無線機の場所なのだ。無線機は行き場が無くてノーラジオ。

空港に出入りするには至極都合が悪い。肩身が狭いのだが、ひるんでいては仕事にならぬ。開き直ってノーラジオ。

▼電光信号

八郎潟の散布を終わって土崎港まで帰って来る。土崎は秋田空港の北にある古い港町だ。その昔、秋田の米はここから積み出された。

時間からすれば定期便は無いのだが、計器進入のコースやトラフィックを見張る。ひょっとするとビジターのセスナが空域にいるかもしれない。が、どうやら機影はない。

ノーラジオの決まりではランウエー上を600フィートで通過しながらジャズ・スロットルだ。スロットルを前後させ、エンジン音でノーラジオの機体が着陸したがっているとタワーに教えるのだ。しかしヘリコプターでこれをやろうとしたら面倒である。機体は上下に波打ち、機首はあっちゃこっちゃに向く。本来ならやる馬鹿はいないのだが、ここは苦心惨憺のジャズ・スロットル。

ダウンウインドに回り込みながらタワーを見る。知らん顔だ。ファイナルを回ってランディング・ライトを点滅する。まだ知らん顔だ。

ついにタワーの真ん前にホバリングして覗き込んだ。ハタナカさんが息せき切って上がってきて、ガンを掴んでグリーンの発光をくれる。グリーンは着陸OKということだ。

ボクと整備士、コクピットで腹を抱えて笑っている。ハタナカさんもしてやられたとタワーで笑っている。

あとでCABの事務所に行くと、ハタナカさんは「次はやられませんからね」と言うが、何日かするとボクはタワーの前でホバリングし、またハタナカさんを駆けさせる。

当時秋田は3種空港であった。3種空港の配置は情報官である。許認可権がない。だが秋田タワーは立派なタワーであり、ハタナカさんは許認可権を持つ押しも押されもしない管制官だったのである。

空港には柵もなかったし人情は濃やかであった。


秋燃える■10.21.2002

函館の東に蛾眉野というところがある。名前が優雅で好きなのだが、ただそれだけで景色がいいわけでも名所があるわけでもない。林務所があってセンブさんはそこの職員だ。林務所は北海道の役所で、国なら営林署である。そしてセンブさんに会うのは決まって秋だった。紅葉の秋である。

▼センブさん

センブさんは正しくは千歩さんである。気持ちのいい人でいつでも笑顔だ。難しい顔をしているのは見たことが無い。ご先祖が手柄を立てて、太閤さんから歩いて千歩の地を戴き、それが姓の謂われだそうだ。センブさんはそれがたいそう自慢である。

センブさんの姓の由来を聞いて歴史がそこにあり凄いと思った。凄いと思ったらそれがどれほどの広さなのか気になりだし、よせばいいのに計算をした。1歩0.8メートルとして千歩なら800メートルだ。周囲800メートルなら200メートル掛ける4である。小さい。エッと思ったときは後の祭りだ。手柄が小さくなり話は幻滅になった。だからといって、もちろんセンブさんが好きなのは変わらない。

センブさんはヘリコプターが大好きで、散布地を確認するときは必ず乗る。ときには散布も一緒に飛びたいとダダをこねる。故障などすれば、これ以上の幸せは無いという風情で、たちまちニワカ整備士になり大活躍である。センブさんはやたらメカに強いのである。特にエンジンとなったら目が爛々と輝く。

センブさんはチャリの名人でもある。どこまでが本当で、どこからが冗談か分からない。林務所の人だから腰に鉈を下げている。鉈は鈍器と思ったら間違いで、鋭利なことカミソリのように切れる。あるとき、なんでそんなに切れるように研いでいるのか聞いたらば、センブさんニタリと笑い、
 「熊が来るでしょう。逃げる。熊が追ってくるから崖を登る。崖の上で鉈を抜き、熊が右手を崖にかけたところで爪をちょんちょんと切る。慌てた熊が左手を崖に掛ける。すかさず爪をちょんちょんと切る。熊はたまらずどっと崖を落ちる」

センブさんはだから研ぐとは言わない。一緒になって大笑いである。

野鼠駆除の散布である。1回が1時間ほどもかかる。僕が散布していると寒い野原にコタツを持ち出し、センプさんニコニコとコタツからアプローチを見ている。

▼錦秋

紅葉は高いところから降りてきて、北から南に移っていく。阿寒のあたりに生まれ波紋のように広がっていく。

毎月北海道を飛んでいると、まずカラマツが緑から黄緑になり、黄色になったと思うと林全体が金色に輝く。秋の陽を浴びて小高い岡の裾が金色に染まっているのは見るも贅沢である。ところどころに重々しい濃い緑のトドマツが点綴し、色とりどりの紅葉が綾をなしている。

蛾眉野まで紅葉が降りてくるのは10月も末ころだ。それに蛾眉野の紅葉は感動的な景色とはいえない。ごく平凡な野山が連なっているだけである。それでも僕は錦繍の中を起伏に沿って飛んでいるつもりだ。いささか詩的な情緒に浸っているのだが、振り返るとセンブさんはメカの轟音と振動に酔ってハイな雰囲気だ。

都会の人間は季節になると紅葉の名所に大挙して押し寄せ、車を連ねて俗臭を持ち込む。わずかな時間で自然の息吹を感じようとせわしい。日光のいろは坂など上から見ると、まあ大勢してご苦労さんと思う。涙ぐましい。

センブさんにしてみれば、紅葉に魂を遊ばせることだってある。毎日かもしれない。しかしそれは昼弁当を広げたときや、仕事の汗を拭うときだけである。ヘリコプターの後席に収まっているときは、颯々たる大気の中を滑ることのほうがもっと楽しい。