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麦藁帽子 ■10.15.2002
むかしの農薬散布はのどかであった。農村が急速に変わっていった時期で、排他的な農村とも言ってはいられない。見知らぬ奴だがヘリコプターは虫追いを助けてくれる助っ人で、だからどこでも大切にしてくれた。
だいたい東京人のような顔をしている人の、半数近くは昭和30年代から40年代にかけて田舎から出てきた人だ。六本木を闊歩している人の親はそういう人たちなのである。3代なければ江戸っ子とは言わない基準を適用したら、おおむねは知れている。
まあヘリコプター・パイロットが、故郷を捨てた先祖不孝たちの尻拭いをしたのである。社会構造が急変するのを底で支えていたのだ。
あの頃はやった歌があった、「なんでなんでそんなに東京がいいんだろ」。古いと笑ったらいけない。オツムリが弱いことをさらけ出すだけだ。古いといってもたかが30年の昔に過ぎない。ほんの少し前だ。
▼もてなし
みんなが東京に出てくるとき、田舎に出かけたのがヘリコプター屋である。大事にされないわけがない。
千葉県に印西という町がある。今では東京圏で、サラリーマンが住んでいるが当時は利根の川風が吹く古風な町であった。ひょいと笹川の繁蔵が出てきそうである。
例年農薬散布があって、毎日散布が終わると高台にある学校の校庭にヘリコプターが帰ってくる。テントが張られそこではなぜか大皿に山盛りのウナギの唐揚げが出る。どだいウナギはブッキラボーに唐揚げにするものではない。蒲焼きにしてタレをつけ、ひどく高い料理である。天然ならば貴重品であった。それが盛られて皿をはみ出していて、もったいないと言わないのが長閑であった。
「ミヤタさんは4年目だな。来年も来てくれたら感謝状を出そう」。繁蔵みたいなオヤジさんが唐揚げをつまんで笑う。僕も笑いながらから揚げを喰う。
残念ながら5年目は行けなくて、だから感謝状もなしである。感謝状はいらないが、ブッキラボーなあの唐揚げを、もいちど食ってみたいと思う。それに繁蔵さんにも会いたい。
その頃のことだ。どこだったか一生懸命の農協があって、町の名士が居並び、着陸のたびごと可愛い女の子の職員が牛乳ビンを持ってコクピットに走ってくる。
散布は有機水銀粉剤で、10分に1回くらいの割合で着陸する。牛乳は水銀を中和する特効薬なのだそうである。そんなわけで娘さんは上司も見ているし使命感にも燃え走る。けれどもいくらなんでも10分に1ビンは飲めない。着陸が30回なら牛乳は30ビンになる。目を白黒させて飲むが、おかげで牛乳が嫌いになった。
しかし可愛い女の子がダウンウオッシュの下、麦わら帽子を左手で押さえ、右手は牛乳ビンを胸に抱えて、必死に走り寄ってくれば、無理しても飲む羽目になり、散布が終わる頃にはゲボゲボになる。
義を見てせざるは勇無きなり。ああ娘さんを救う勇とはまこと苦しいものである。
▼原理
若い男を一生懸命働かせるには造作は無い。若い娘をちらちらさせればいいだけのことである。胸や尻が想像できる服装なら最も効果的だ。健康そのものの溌剌とした娘さんが、コクピットの前をうろうろさせればそれで十分なものを、牛乳ビンは余分であった。
その頃のヘリコプター屋は多血質で体温も高く、湿度も十分な男どもばかりだったから、きわめて原理どおりに事が進むことが多かった。遊ぶのは都会の娘さんたちで、結婚したのは田舎の娘さんというのが圧倒的に多かったのである。
霧の中から来た神様 ■09.10.2002
ライセンスを貰ったのが2月の末、それは8月の話だから半年にもならない頃だった。たぶん飛行時間は100時間をいくらも超えていなかったと思う。丘珠から東京までの空輸をすることになった。
▼空は自己責任
いくら昔の話だって、100時間そこそこのヒョッ子に北海道からの空輸はやらせない。長機が昨日までの教官で、ベテランが3番機、僕はアンパンのアンコである。ひたすらくっついていけばいいと思った。だからアサインされたのだ。
よく晴れた日の午後、3機は丘珠を離陸して南に飛んだ。ルーズ・スクラムとブリーフィングされたが、僕は長機の右の定位置につけ、ベテランはブリーフィング通り少し遅れた左側にいる。僕はフォーメーションが得意なのである。
千歳をかわす頃、前方に雲がでてきて編隊は高度を下げる。まるで心配はしていないのだが、どんどん高度が下がってついに樹上すれすれを飛ぶようになってしまった。
突然に、まるで突然鉄塔の群が現れた。長機は一瞬にして雲の中に消え、整備士がわめき僕は必死にクイック・ストップをかける。機首を上げ、思い切り機首を上げ、ピッチレバーを懸命に引き寄せる。南無三宝!
正面に鉄塔があり、頂上が雲からあいている。整備士がわめこうと騒ごうと、決心は一つだ。あそこを越すぞ!
そろそろと姿勢を水平にして鉄塔をかわした。やれやれである。整備士はまだ興奮している。
一難去ってまた一難、場所はどこを飛んでいるのかわからない。単機であれば自分で始末せねばならぬ。しかしここは何処だ?
ままよ進路は真南だった。ともかく南に飛べば海岸線にぶち当たるだろう。
しばらく飛ぶと長機が雲から降りてきた。あたかも天孫降臨である。嬉しかった。増速して追いつき右側の定位置につくと、教官もその整備士も笑っている。彼らも僕を心配していたのだ。気が付くといつの間にかベテランも左側にいて、元のスクラムで飛んでいる。
苫小牧から室蘭まで、緩い弧を描く海岸をまっすぐ低空で走っていく。地球岬を越えて噴火湾に入った。用心して右と左にスプレッドしたトレールになっていた。見るとゆったりとタバコをふかしている教官が風防越しに見える。
だからというわけではないのだが、まだ渡島には着かないだろうと高をくくっている目の前に、崖が飛び込んできた。
長機が瞬く間に左上昇旋回で雲の中に消え、僕は懸命な右上昇旋回を打つ。Gがかかって機体が撓ったのではないか。いやそんなことはどうでもいい、崖に並んだ古びた柵が急速に近づき機腹に迫ってくる。
擦るようにクリアーし、再び海面に張り付いて大きく息を吐く。油断する要素は何処にもなかったはずだ。まこと若気というよりほかにない。
▼神様来臨
ぎりぎりまで速度を落として南下するが、誰も追いついてはこない。今度こそほんとうに単機になった。さてどうする?
再び北上してさっき見た崖に帰ろう。着陸して抱えてきた燃料を積もう。しかし南下する機体もあるかもしれないから、視界ぎりぎりまで海岸を離しておこう。
やがて黒い影が1機、海岸に沿って南下していった。海岸をつたっていった誰かがいる。だがもう追いかけるのは無理だ。あまりに視界がひどすぎる。
崖についてホバリングしてみる。丈の短い草が火山性の砂地に生えていて平らだ。軽く接地して整備士が飛び降り、スキッドを確かめて親指を立てる。用心しながらピッチをおろし、慎重にアイドルにする。
冷気運転の後エンジンを止めると、ほとんど物音がしない。ブレードの風を切る音がやけに大きく、何か原初のまがましいものを呼び寄せるようで思わず辺りを見回した。すると、予感のように霧の中から影が寄ってくるではないか。躯が堅くなった。
粗末な身なりの男である。あたかも産土の神のように見えた。40歳ほどの神は黙って整備士が燃料補給をするのを見ている。僕は地図を取り出して粗末な身なりの土産神に近づき、帽子をとって丁重に場所を聞く。神は黙って出来間崎を指さし頷いた。
予想の場所だが安堵した。これからの道中確信を持って飛べる。再びエンジンを掛けて土産神を見ると、神はさっきのところにいて黙然と立っている。僕は口の中でぶつぶつと礼を言い、風を割って大地を後にした。さしずめわが身はスクナヒコかなぁ。
山火事■07.23.2002
飛行の途中でいろいろなことに出くわす。地震もそうだが山火事に出合ったことがあった。しかもまさに火が出た瞬間で、山火事の卵だ。
▼春の飛行
たしか春先のことだったと思う。東北の春は遅く、しかも来ると爆発的に萌える。漢詩は桜杏桃梨次第に開くというが、関東人なら桜祭りがありツツジを見てそれからアジサイだ。いずれ春は小出しにやってくる。
ところが東北は花が一緒に咲くのである。永い冬があり、雪をこらえ、春を待つ心とか春に対する想いが、特別であると実感として分かるのだ。
飛ぶほうも同じだ。毎日吹雪の中を飛んで緊張に耐えていると、早く青空が見たいし気楽にも飛びたい。白と灰色の世界を飛ぶよりは緑の山野を飛びたいのだ。
空を飛ぶというのは大地の上を飛ぶことだ。成層圏を飛んでも大地から逃れることはできない。宇宙を飛んでも地球は青いのだ。飛ぶ人は大地を眺め、大地から影響を受ける。ましてや気層の底を飛んでいれば、空は大地と離れがたく一緒だ。
仕事帰りの空輸であった。気分は春に浸っている。青森から秋田への航程で1,000フィートくらいをのんびりと飛んでいた。黒石を右に見て矢立峠に向かっている。昨日まで天気がおかしく苦労した峠である。しかし今日は天気もいいし、エンジンは快調に回っている。束縛するものから解放されて屈託がない。
十和田湖の外輪山が芽吹いて春だなあ、などと思っていると、向こうの斜面に一筋の煙が上がってきた。誰か山に入っているのだろうか。
▼歯がゆい
コースからいくらも離れてないので直上に行ってみたが人影がない。輪乗りに旋回してみると枯れ草から火が出ていて、発火点に達したのだろうか突然杉が炎になる。生の杉がぱっと燃えたのだ。これはたいへん山火事である。
さてどうしたものか、どうすればいい。人里離れたところだし、何の装備もないヘリコプターに火が消せるはずもない。とりあえず誰かに知らせよう。
西に行けば誰か居るだろう。右に変針して人影を探す。有り難い、いくらも飛ばずに青年を見つけた。無帽で鎌を持ち、丈の低い植林地の中に腰をかがめていた。ヘリコプターがタイトに旋回するので顔を上げた。
さてそれからである。整備士と一緒に方向を指差したり、身振り手振りで火事を伝えようとするが一向に伝わらない。手を休め、妙な奴らだと怪訝な顔である。それもそうだろう、空から突然やかましくヘリコプターが降りてきて、乗っている2人が機内でタコ踊りをしている。
見れば林の端に降りられそうなところがある。草が生えているけれど膝に足りない。場所を指さして降りた。さすがこれは分かったらしく青年が駆けてきた。整備士が飛び降り、耳に口をつけ「火事だ!」。
青年を乗せ火事の現場にとって返すと、少しは広がっていたがまだ本格的にはなっていない。青年が「村の山だ」と青くなった。
「村はどっちだ」
指さした方に全力で飛ぶと、小さな集落があって南のはずれに空き地がある。着陸すると青年は礼も言わずにすっ飛んでいった。よほど動転したいたに違いない。
首尾を見届けることはできなかった。だが火事は大事にならずに済んだらしい。テレビも翌日の新聞にも何も書いてなかった。やれやれである。
もし新聞ダネになっていたら、航空局から呼び出しを受け、また法違反で始末書を書かねばならない。この国、人助けも容易ではないのである。
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