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峠のひと休み■07.20.2002
崖の上で見下ろしていた少女がいた。そういえばこんなこともあった。
▼5つの壁
新潟にはひとつ覚えで三国峠を越えていく。ここがいちばん低いからである。
関東平野をヘリコプターが有視界飛行で抜けていくには5つの壁がある。1番が箱根。足で歩く天下の険であるのは言うまでもないが、地形を辿ればヘリコプターにだってやっぱり天下の険なのだ。
ただこの壁、御殿場を回ればいくらか楽だし伊豆半島を回ることもできる。足の長いヘリコプターなら天気によってははじめから半島を回った。
第2は笹子峠、甲府に抜けていく難所なのである。長野に仕事が多かった時代、ここが通れるかどうか気になった。雲を避け、やっとの思いで峠を越え、甲府盆地が開けてくるとほっとしたものである。
第3は碓氷峠、関東平野からは切り立っていて、しかもこの難所には高圧線が走っている。低空で近づくと恐ろしい。反対に小諸から来ると、だらだらと登りになっていて騙される。どん詰まりが軽井沢。地ベタで遊ぶには優雅なところだが、急ぎで飛んでいるときは困った場所なのである。
そして新潟に抜ける三国峠だ。近くには清水峠もあるがここはめっぽう高い。よほど良く晴れていなければ通る気がしない。
最後が白河の関。峠というほどの地形ではないから壁とは言い難いのだが、ここもだらだらと長い登りで梅雨の時期は意外と苦労させられる。壁と思っていないと右往左往することになる。
▼急がば回れ
ベル47は足が短い。燃料が足りないので沼田で補給した。その日は整備士も乗っていなくて、時間も日没にやっと間に合うくらいであった。駆け出しの若輩者のころだ。
なぜそんなことになったのかは覚えていないが、突然の命令でともかく誰も同乗者が居ない。そして時間もなく、おまけに天気も今ひとつだ。
気がせくままに沼田で補給して、よせばいいのに近道をした。清水峠を越えようとしたのである。若気の至り、未熟者がやる典型的な失敗だ。高度が5,000フィートで雲があり、山に囲まれてにっちもさっちもいかなくなった。峠は6,000フィート、これでは処置がない。急がば回れとはこのことだろう。
やむなく高度を下げたら目の前に高圧線、心臓が口元まで飛び上がった。白い雲を背景にした高圧線が敵意に満ちて迫ってくる。思い出すだけで恐ろしい。
何とか越えて水上まで引き返した。時間が無いというに反省やしきりである。悔やみを引きずるのがいかにもシロウトだ。
三国峠はインディケート4,500フィートで通れるはずが、不決断な高度3,000フィートでも雲に入る。思い切って高度を落とせばいいのに、さっきの清水では5,000フィートではなかったかと思っている。ふられても諦めきれないのだ。
しかしここは3,000フィートで雲に入る。これでは峠を越せないに決まっていると思いつつ、未練が残って谷を這った。どうにも5,000フィートが引っかかるのだ。
峠が見えるところまで来ると、思った通り4,500フィートは開いていた。やれ嬉しや。
▼峠道
ところがこちら3,000フィートは切っていて、峠までを登らねばならない。沢は狭いからサーカスみたいだ。バンクも大きいからおいそれとは上昇してくれない。時計と睨めっこしながら登る。足踏みしたくなるのも滑稽だ。
しばらく旋回しているうちに気が付いた。峠に登る道路があって、トラックが止まっている。鉢巻きをした屈強な男が腕組みをして、谷底を回る僕を見下ろしているのである。
たぶんくだんのお兄さん、ここまで登ってきて無理させたエンジンを休ませていたのだろう。見ると赤いヘリコプターが無邪気に谷底で遊んでいる。何をしているのだろうと眺めていたに違いない。
同じ高度になって目が合い、そうなれば沢も広くなってたちまち峠の高度になった。
せくから挨拶もせずに新潟に飛んだが、できたら会ってどう思っていたのか聞いてみたかった。
崖の上の少女■06.26.2002
伊那は谷にある。天竜とその支流が、太古の昔から大地を削り鋭い谷をつくってきた。平地はわずかばかりの盆地になっている。歌にも伊那は七谷と唄われてきた。
▼伊那谷
それでいてこの地は進取の気性に富む。いや、だから進取の気性があるのかも知れない。
木曾谷が時代に取り残されたように言われるのは明治以降だろう。決して古いことでない。たぶん「夜明けまえ」の自虐が犯人だ。
鉄道が往来を手っ取り早くして、上方へは東海道が本道になった。だが、もともと中仙道は本道のひとつだったし、権力の往来した光の当たった地方なのだ。木曽義仲は頼朝より早く兵を挙げたし、天下を臨んだ武田信玄の盤居した土地柄でもあるのだ。現代も町並みは古いが時代を先取りして、いち早くヘリコプターの農薬散布を取り入れていた。
天竜の支流に沿って奥まったところがその日の僕の割り当てであった。狭い沢に点々と水田があり、田を捜すのに骨が折れる。飛行時間の大部分が田探しといった案配だ。これでも農薬散布なのだろうか。
谷に沿った田は平面にない。段丘になっているから反転するときに思い切って高度をとり、素早く田を捜す。次は獲物を追う鷹になって降下する。所作が大きく気分はいいのだが、何処に谷を渡る電線があるか分からないのでまったく油断ができない。
▼水田の原理
弥生式の稲作は水の管理に細かい神経を使う。稲は水にうるさいのだ。土木技術が発達してない古代は、明らかな傾斜のある土地でなければ稲作はできなかった。水を張るのも落とすのも、容易にできなければ稲が育たない。だから沢の上、上田とか山田とか、あるいは本田が水田の元祖である。
やや土木技術が進むと水管理に自信ができて、だんだん平地に降りて、中田になり下田になった。平田は気張らずに水管理ができたのであろう。横田となると相当強引に開墾したと思わせる。多田など聞けばすぐ長者を思ってしまう。宮田や神田などは、技術の列外だ。稲作が精神生活に切っても切れない祭事になっている。おそらく田が付かない日本の姓は、そもそも祖先が寄食する身分だったのだと思う。
▼少女顔を洗う
ここは沢のどんづまり、山田や上田を通り越して、棚田以外のなにものでもない。もう田はないだろうと上昇した。谷の新緑に朝日が差してきて、すがすがしい。
ところが右の崖の縁に花模様の浴衣を着た少女が立っている。隣にはランニングシャツの父親、ふたりして歯を磨きながら僕を見下ろしていたのだ。沢の奥には母屋と不釣り合いな広い庭があり、トタン葺きの家と納屋もある。こころなごむ日本の原風景だ。
朝は7時、水場で顔を洗っているのはありふれた光景のはずだが、ひどく面食らった。何で歯磨きの少女が見下ろす場所を飛んでいるのだろう。
▼田舎芝居
少女にしてみてば朝早くからヘリコプターの爆音がして、下の田を白いレースを引いた赤い機体が行き来している。のんびり歯を磨きながら見物するのは面白かったに違いない。それとも、父親が見物しているのに相伴したのかな。
ともかく、都会の匂いがして、サーカスもどきの出し物で、朝メシまえのご苦労様だ。見逃す手はなかっただろう。さて、ちっとは何か胸に残ったろうか。
ローターが朝陽に煌めいていたと思う。崖の脇を駆け登り、2人の顔がヘリコプターを追って見上げる。それでも歯ブラシを口から離さず、珍しい興行見物に余念がない。空中で3つの視線が交差した。
反転するとき肩越しに2人を見ていたが、やっぱりヘリコプターを顔が追って来た。
その日は一日中なにやら気分が良かった。
鉄塔の若者 ■06.13/2002
8mmワイヤーを引っ張って鉄塔に近づく。鉄塔は稜線の上に聳えていて、谷の下からはかなりの高さだ。延線飛行は送電線建設の締めくくりの作業であり、端末を地面に括りつけた常ならぬ飛行である。荷物の一端は地面に着いているのだから、理屈は果たして飛んでいるのだろうか。
▼忍耐の空
ヘリコプターは架線機を吊って飛ぶ。架線器のドラムには8mmワイヤーが巻きつけてあって、端末はタコ糸で留められていた。重さは1トンほどである。油圧ブレーキで操作され、機上で整備士が機速とテンションを案配しながら操作する。整備士はドアから身を乗り出しての作業になるから、冬には勘弁してもらいたい仕事だ。
基点の鉄塔にホバリングして架線器のブレーキを緩める。末端には手ごろな石が括りつけてあって、ゆるゆると下りていく。鉄塔の下に作業員がいて、手早く石を外してワイヤーを松の根方に縛り付けた。
窓から顔を出していた機付長が座りなおして「OK」という。バックミラーに映る架線器を見ながらゆるゆると前進飛行に移る。歩くくらいの速さでないと、架線器が狂ったように回って始末におえない。
対象物がない天空を、速くもなく遅くもなく歩いていくのは辛抱の要る飛行である。次の鉄塔を目指して忍耐の時間だ。
▼天空の職人
鉄塔のカンザシに若者がヘリコプターを待っている。カンザシとは俗称だが、正式の名前は忘れた。鉄塔から腕が出ているでしょう。カンザシに見える。
ともかくカンザシに命綱はしているのだろうが、ひとりの若者がいる。軽く開いた足の下には鉄骨があるだけだ。太くて頑丈なのは理性の話であって、感情では目が眩むんじゃないだろうか。そう思う。
ヘリコプターが近づくと彼は手を離してワイヤーを掴まえようとする。思わず息を呑んだ。危ないことをする。
いまではナイロンロープになってしまったが、その昔はワイヤーで、取扱には腕力とコツが要る。屈強な男の仕事なのだ。
地上遙か鉄骨の上、凄い度胸だと思わず見ると、風防の向こうで若い顔がニッコリとした。まるで屈託がない。
鉄塔を越えて反転し、ホバリングに近く減速する。鉄塔の若者は踊るしぐさでワイヤーを捉え、無駄のない手つきでワイヤーを固縛する。無音の世界の優雅な舞に似て、大したものだと感動した。鉄塔とその向こうの鉄塔に、いま引いてきたワイヤーが架かっている。
夕方工事事務所でくだんの若者に会い、「いい度胸ですね」と問いかけたら、「私の足の下には鉄骨がある。あなたには空気しかない、いい度胸ですね」と言われてしまった。
しかし言葉は優しさだと思う。こちらには身一つで、100mの天空に立つ度胸は残念ながらない。凄いことをしている男には優しさがあるのだ。
応援歌もギャラリーもない。誰ひとり見てない天空で、男と男が眼を合わせるなんてまずまずなものだ。
▼捨てたものでもない
男は黙って勝負する。それが男だと思っていたら、しばらくして新聞に若いオナゴのエッセイストのコラムがあった。テレビでやった19歳と20歳の電工さんの物語について書いている。やたら褒めているのに同意だった。
僕もそのテレビを見て感動し、あの日を思い出した。彼をトビとしか知らなかったけれど、電工さんと呼ばれるのを知った。
テレビを見て、鉄塔の上で手を広げ、同じ高度で屈託無く笑った顔が納得できた。世の中ふにゃふにゃした男だけではないのである。そして男の美を感じるのも、ステレオ・タイプではなかったのだ。世の中捨てたものではない。
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