ヘリコプターは低空を飛ぶ
コクピットからいろんなものが見える
[達人の鳥類誌]
鮫の岬のウミネコ■06.10.2001
三陸の久慈沖でオフショアーの仕事があった。機種はベル212、時期は冬、基地は海上自衛隊の八戸。P-3Cオライオンと同居の仕事であった。
空港は居心地が悪い。別に民間のヘリコプターを邪険にしているわけではないのだろうが、そんなふうに思えてなんとなく降りたくない気持ちだ。
門をくぐるのにシャチホコ張るけれど、いったん中に入ると自衛隊の基地は気の置けないものになる。だから長期に座り込むオフショアーでは、自衛隊の基地のほうが好きなのだが、だがここはどうも例外で居心地が悪い。
オフショアーは公海を飛ぶのだから、基地だけではなく、近くに航空自衛隊のレーダーサイトがあればこれほど強い味方はない。天候で難渋していても、ちゃんとホロウしていてくれて、聞けばすぐ帰投方位を教えてくれた。自衛隊は親身なのである。
「ピジョン・ツゥ・ワッカナイ」
八戸といっても冬だから雪が来る。雪になると海岸線に張り付いて、だからウミネコで有名な蕪島の近くを通ることになった。
もちろん機体にはADFもあればVOR/DMEも装備していて、八戸にホーミングもトラッキングもできるのだが、ローカルな計器飛行は許されるはずもなく、したがって海岸線を見ながら飛ぶことになる。
母は利口な人だったが、ウミネコを本当のネコと信じ込んでいた。初めて鳥の仲間と知ったとき、「あらまぁ鳥だったのかい」と、ひどく残念そうだった。言い方と気落ちのし方が面白かったので、つい笑い出してしまったが、こんな思い違いはよくあることだ。
カモメのジョナサンは思索する鳥だが、蕪島のウミネコは庶民的だ。2月に来島し子孫を育てる。野生剥き出しで群れて営巣する。なにしろ数が多い。やかましいし遠慮がない。だからと言おうかそのくせと言おうか、蕪島は歌にも詠われ天然記念物になっている。
鳥も群集心理があるらしく、単機のヘリコプターなど驚きもしない。騒々しく縄張りを主張し、近づくと危険だ。
あるとき、スノーシャワーが押し寄せてきて帰路を急いだ。だがあと3マイルくらいになって、タワーがシャワーをかぶってしまった。途端にビローミニマムが宣告され、有視界をメインテインしてホールドと言う。
タワーは見えないがランウエー・エンドは見える。ランウエーのエンドに降ろしてくれ、そうしたらランプまでタクシーしていくと要求したが、あえなく却下された。いくら自衛隊でも奇想天外な要求には応じられないらしい。
後で、同じシチュエーションになったとき、チェジュー・タワーは許可してくれた。ランウエー・エンドにタッチ・ダウンしてタワーを呼び出したら、それでもほっとした声がタクシー・クリアランスを送ってきた。もちろんタワーは霧の中、ヘリコプターが見えるはずは無い。外国はパイロットを信じてくれる。
さて、シャワーは西から押し寄せてくる。雪に押されて次第次第に蕪島に近づき、ウミネコたちの逆鱗に触れそうである。風が強くなり舞う鳥たちが意外な速さで飛び交う。
縄張りを敬して遠く迂回し逃げた。島のこっちは鮫の岬。冬の波が砕けつい鼻歌が出る。「鮫の岬は潮けむり‥♪♪‥ツルサンカメサン‥、ツルサンカメサーン‥♪」
はて、鶴か亀か、飛んでいるのだから鶴だろうが、ここはひとつウミネコだ。できたらジョナサンのほうがカッコいい。
ウミネコは怖いし、待っていてもシャワーは通り過ぎそうもない。まず30分はダメだろうと退却することにした。島を離れシャワーの縁に沿って逃げる。乗客は紅毛碧眼の紳士たちだが、誰も文句を言わない。
かねて用意の不時着場に降りて、へたくそな英語で説明したら「キャプテン・デシジョンに従う」と言ってくれた。
これが日本人だったら大変な騒ぎだ。どうしてくれると胸ぐらを掴まえられるだろうし、お前のところだけがヘリコプター会社ではないと脅されかねない。10人からの乗客に囲まれ平身低頭しなければならないだろう。そのくせ無理して事故にでもなったら、騒ぎは鮫の岬のウミネコどころではなくなる。ツルカメ、ツルカメ‥‥。
十和田のイントルーダー■06.04.2001
ホバリングしたら吊り下げている荷物は1トン500もあった。性能表ではホバリングできる重量ではない。
それでも持ち上がったのにはわけがある。ヘリポートが土手の上で、土手はなだらかな斜面の上にある。溜池の土手なのだ。その土手に向け、風が吹いていて、ヘリコプターはもろ上昇気流にさらされていた。風が吹けば儲かるのは桶屋だけではない。ヘリコプター屋も儲かるのである。
ホバリングに必要な馬力は、水平飛行で必要な最小の馬力の倍以上も要る。停まっているのだから楽なんだろうと思ってはいけない。離陸するには更に馬力だ。ところが速度が増えるのにしたがって馬力は少なくて済み、どこかで最小の馬力になる。その速度をVy(最良上昇速度)と呼んでいる。まあ相当な速度だから、そこからは抵抗が増し必要な馬力はどんどん増えて、最後はエンジンの出せる馬力で終点になる。最大速度だ。
しかしマニュアルにはそんな数字は書いてない。機体によっても操縦によっても違うから意味が無いのだ。書いてあるのは超過禁止速度。急降下すればもっと速度が出て、それ以上はいけませんよと言う速度だ。制限が振動によるか強度がもたないか、空気力学的なものなのかは分からない。信心が肝要なのである。
この馬力と速度の関係を描いたのが必要馬力曲線なのだが、残念ながらこれも普通のマニュアルには書いていない。書いてなくてもパイロットは体で知っているのがミソ。
ホバリングはしているが、風が吹いて、必要馬力曲線と相対速度を想像する。今あの辺なのだ。だから持ち上がっている。
さて重量はオーバーだが、どうするか、これが思案のしどころだ。おろしてまた荷物を作り替えるのが順当だが、いつまでもこのヘリポートには居たくない。
そもそもこのヘリポート、臨時も臨時なのだ。本来許可をもらったヘリポートが地元の都合で一時使えぬことになった。しかし工事は詰まっていて、しかたなくここでやっている。ヤミなのである。後ろめたいことは早く終わらせたいから、違反に違反を重ねる。悪の道をころがる心理は分かるなぁ。
整備士は不信のまなこ。気にしながらヘリポートを離れた。設計荷重は+2.5Gだ、衝撃荷重を掛けなければいいだろうと、勝手な理屈をつけてそろそろと上昇する。機体が耐えられないわけはない。盗人にも3分の理なのである。まあ、なにやかやと理屈を考えるのは、後ろめたいから以外は無いのだが。
荷卸点は十和田の中腹、いつもだったら地面にしたがってかなりの速度で飛び、最後は急上昇になる。だけど今は重量オーバー、突風で衝撃を受けたくないからコンスタントの上昇経路。だんだん地面が遠くなっていく。
かなり対地高度が高くなって新緑の外輪山が鮮やかだ。天気はいいし羊雲が遊んでいる。荷物も纏まってバックミラーにおとなしくおさまり、追い風はあるはずだが機体も揺れない。案ずるより生むが易いではないかと安堵して左を見ると、なんと地面を這ってグラマンのイントルーダーが直交してくる。へぇこれがNOE(ナップ・オブ・ザ・アース)ってやつか。
銀色が緑に映える。物騒な訓練をしているはずだが、清流を泳ぐ鮎を連想した。あるいは波を滑空するトビウオかもしれない。「見上げるサイド・バイ・サイドのおふたりさん、こっちを見てるより地面を見ていたほうがいいんじゃないですか」
レーダーを逃れて超低空を飛ぶ。NOEは流行の侵空法で、イギリスのバッカニアが元祖。アメリカではこのイントルーダーが初代チャンピオンなのである。ジェット機といっても超音速では飛べない。飛べないけれどよほど効果があったのだろう、ベトナムではやたら活躍し、本にも映画にもなった。攻撃機だが戦闘機よりすばしこく、ずんぐりむっくりでグラマン得意のスタイルだ。
イントルーダーは瞬く間に機首の下に滑り込み、山肌をかすめながら見えなくなった。そういえば三沢にイントルーダーがいるはずだし、消えていった彼方に三沢がある。
地面を這って飛ぶのはこちらの本職だ。NOEなどとカッコイイことは言わないが、ジェット機にオカブを奪われ、なんだか面目ない気分。やっぱりオーバー・ウエートの祟りか。悪いことはできないなぁ。
タクムオールのトンビ■05.29.2001
オーストラリアにタクムオールという処がある。メルボルンから北へ300キロほど離れた、砂漠との境界の町である。マレー河のほとりにあって、町というよりも集落と呼んだ方がいいほどの小さい町である。
その町の近くに飛行場があって、むかし重爆撃機の訓練基地だったそうだ。B-24がいたらしい。十字形の滑走路があり、立派な格納庫がある。
なぜそんなオーストラリア大陸のはずれに基地があるのかというと、太平洋戦争中日本軍の空襲を恐れて作ったからだそうだ。そういえば大陸の反対側、ポート・ダーウインは何度も空襲されている。
それにしても大陸の反対側まで避難するというのは、日本人的発想には無いように思う。合理とはそういうものなのかも知れない。日本人の手が届かないところまで避難すると、砂漠の真ん中になるから反対側という発想になるのだろう。これなら尤もだ。
オーストラリアはイギリス圏である。イギリス圏にはグライダーの免許がない。グライダーはスポーツで、スポーツには免許が要るはずはないというのが理屈である。テニスも卓球も免許が無ければできなかったら大変だ。
僕はグライダーの免許を持っていない。歳が歳だから、いかめしい試験を思うと億劫になり挑戦する気になれない。それなら手軽にオーストラリアに行こう。
説明が長くなったが、かくてオーストラリアのタクムオールなのである。
そのタクムオールにスポルタビアというグライダーのクラブがあって、初級コースからクロスカントリーの高級コースが用意されている。
羽根の生えた飛行機は30年ぶり、控えめに初級コースを申し込んで、ソロを目標にした。なにせコースは1週間である。そうは欲張れない。日本の常識で、うまくいってソロだと思ったのである。
ところが1日半でスピンからエマージェンシーの曳航索切れまで終了し、ソロで良いことになった。ベテランの教官がいいというのだからいいのだろう。
ここで問題である。平地のグライダーはサーマルで上昇し、次のサーマルまでを滑空する。もちろんサーマルは見えないから探すテクニックがあるのだが、グライダーを知らない僕にはとんと分からない。
分からなくとも予兆を掴んで旋回に入れ、旋転しながらサーマルの芯に乗るのがグライダーの醍醐味なのである。哀しいかな勉強不足で予兆もよく分からない。ソロには出たものの、ただ滑空するだけ。
飛行機に曳航されて2,000フィートで切り離すと、ほぼ15分で地面に着いてしまう。グライダー屋さんたちはこれを「バッタ」といっている。まさに僕はバッタであった。これじゃぁ鳥類図鑑でなく、昆虫記になってしまう。
見かねたどこかの国の人が大きな鳥を見つけ、鳥の旋回しているところにサーマルがあるから一緒に旋回すればいい、と教えてくれた。
教えてくれたのが何処の国の人だったか、とにかくスポルタビアには世界中からグライダーの仲間が集まってくるのである。
「そうか鳥か」と思ったが、余裕がなければ鳥など見つかるはずはない。探しているうちにどんどん高度が下がっていく。とても鳥に教わるレベルではない。
鳥を諦めて行き当たりばったりで飛んだら、空気が蠢くではないか。咄嗟に旋回したら高度が下がらない。それどころか上がる。バンクをゆるめたり深くしたり、少しでもサーマルの芯に近づこうともがいていたら、40分ほど飛ぶことができた。
次の日とてつもないサーマルにぶち当たり、一気に7,200フィートまで昇った。昇降計が振り切っている。グライドして降りてきても、同じ場所に来ればサーマルに乗れる。こうなれば余裕で、初めて鳥影を見つけることができた。
鳥は鳶の類だろう。両翼を広げ、翼端の風切り羽が反っている。僕さえ7,200フィートに昇れたのだ。彼らがその気になれば、もっと高くに上がれるだろう。
鳶よりグライダーのほうが大きいに決まっていると気が付き、鳥をやめてグライダーを探すことにした。旋回しているグライダーを見付けるとその下に滑り込み、同じ方向に旋回する。なんのことはないカンニングだが、これなら結構飛べる。
獲得1,000メートルは難なく達成し、5時間フライトもクリアーした。50キロメートルは苦労したが、これもまあ果たし国際記章シルバーが貰えた。でも、飛行時間21時間、発航回数24回、とても鳥のようには思えない。
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