「宮田豊昭の部屋」

達人の昆虫誌 / No.005

ヘリコプターは低空を飛ぶ
コクピットからいろんなものが見える
[達人の昆虫誌]


最上の蝉 ■12.13.2001

日本でも地方によって最高気温が40℃にもなるときがある。そのときがそうだった。山形県最上の盆地は真夏の陽がさんさんと降り注ぎ、風もなくて気が遠くなりそうだ。

暑くてもいい、ベル212のマニュアルは53℃まで保証されているから安心と思っていたが、現実はそうはイカのマナクタマ。オイルの温度が赤マークを越えてもうダメだ。エンジンは大丈夫なのだがクーラーがダメ、息も絶え絶えなのである。これには驚いた。

■落とし穴

ただベル212の名誉のために言っておくが、巡航で飛んでいたらそんなことはなかったろう。吊り上げ地点と吊り下ろし地点がやたら近い。勢いホバリングに近い速度での仕事になった。すればオイルクーラー冷却の風はブローワーだけなのである。風が足りずに潤滑油が冷えない。

しばらく遠回りして速度で冷やそうとしたが、冷えるまで飛んだら仕事の効率が悪くて話にならない。それに運ぶ方角と違うあさってに行ったり、行きすぎて引き返したら、見てる人は気が違ったと思うだろう。

まさかそんな飛行をメーカーは想定していないから、マニュアルには53℃と書いてあるのだ。マニュアルは経験的対応の説明書なのである。設計した人も考えないだろうし、ベル社も思ってもみなかったのだと思う。

暑いから仕事になりません、とは言いたくない。出来るだけのことをしようとエンジン・カウルを外した。剥き出しのエンジンは様にならない。美観を損ねるが仕方がない。これでだいぶ良かろうと飛んだがさして影響はなかった。たちまち油温はレッドマーク。ねばると容赦なく針はマークを越えてしまう。

それならば今度はクーラーに水を掛けて強制冷却してやろうとホースを握った。どういうわけかヘリポートに長いホースがあり、ふんだんに水が流れていたのである。気付長が驚いた。そんなことしてくれるなと必死だ。まあそれもそうである。

仕方がない、頭の隅で説明の文句を考えながら電工会社の代理人に謝りに行った。天気は好いし晴れているが、気温が高くて飛べないから勘弁して欲しい。

代理人が素直に首を縦に振るはずがない。作業がはかどると喜んでいたら、暑いからヘリコプターが飛べないなどと承知できるはずがない。汗だくになって説明し、散々イヤミを言われたが平身低頭して勘弁してもらった。

■落ちた蝉

承知してもらったものの腹の虫は治まらない。薬屋に行った。寒暖計を買うためである。

旅館の玄関を出たら目の前に蝉が落ちてきた。見ると電柱がある。とまっていた蝉もこの暑さには参ったのか。手足を弱々しく動かし息絶えた。

絶句すると言う言葉があるが、このとき実感として分かった。しばらく蝉の死骸を見つめ、暑い日差しの中を呆然と立っていた。蝉よお前もか!

もしかしたら寿命が来た蝉が落ちたのかもしれない。しかしそのときはそんな風には考えもつかなかった。ひたすら暑さで蝉は落ちたものと思ったのである。そして今もそう思っている。

気を取り直して寒暖計を買い、蝉のためにも気温とブローアーの相関関係を解明しようとリキンだが、次の日は気温も下がり同じようなシチュエーションは二度となかった。

「知っているのはオレと蝉、オシャカ様でもご存じあるめぇ」

■不思量底思量

操縦席は計器に囲まれている。エレクトロニクス、スイッチやレバー、いかにもパイロットの職場は近代科学の粋らしく見える。しかし飛んでいるのは空だ。空は自然そのもので、大きくて神秘で不可解だ。

もちろん最先端の職場と思う人もいるだろう。複雑な計器を誇りに思う人もあるかもしれない。それはそれでよい。でも雲や風、大気や日差し、海や大地を常に感じて過ごした。ウインドシールドの内側よりその外のほうが気に入っていたのである。マニュアルが思いも着かない事態が嬉しい。それが大自然なのだ。



天津の蚊■12.10.200

天津の蚊は縞のパンティをはいている。

日中平和友好条約が締結されて3年目の夏、昭和56(1981)年ヘリコプターで東シナ海を渡って天津に飛んだ。そのとき空港ホテルで歓迎してくれたのが縞のパンティ嬢である。ご存知だろうが蚊もメスしか刺さない。

■渡海

東シナ海は歴史の海だ。稲が渡ってきた海であり遣唐使が命がけで船出した。文化や文明がはるばる二千年この海を越えて日本に到来した。NHKが「日本人遥かな旅」で番組を作る。そうすれば皆が見たくなる。そういう海なのである。

僕らと同じ時期、女性ばかりのクルーがヨットで遣唐使の海を渡った。新聞は興奮して報道したが、ヘリコプターにはまるで興味を示さない。

別に拗ねているのではない。後に「人間登場」というコラムで取り上げられ、顔写真まで載ったのだから不服などあるはずはない。しばらくご近所の奥さんがたから尊敬の眼差しで朝晩丁重な挨拶を受けた。ようするに女は男と違うというだけだ。鶏でも鮭でもそうだが、価値あるのはメスである。オスはポン・コツ、と無造作に別の箱に放り込まれる。差別ではなく区別されるのだ。

しかし足の短いヘリコプターが、海を渡るのはスリルと興奮であった。できたら船とは別にしてもらいたいのだ。なにしろ増槽をつけても半分少ししか届かない。さらに特別タンクを設計したのだが燃料計が無い。残量が分からぬ原始的なものだ。おまけに大部分は推測航法で飛ばねばならない。

会社中が特攻隊出撃みたいに緊張した。クルーにすれば、騒ぎはすぐにでも幽冥境を異にする錯覚に陥る。渡洋中の社長室は震えていたらしい。

もちろんコクピットは気楽なものである。そもそも死ぬ立場は気楽でないと勤まらない。震えるのは死なない立場がロクでもないことを想像し、勝手に震えるのである。連想は安穏な立場でないとできない優雅な仕業だ。

ひたすら西へ西へと上海に着き、歌など歌って南京から徐州をかすめ、済南へ着陸する。直前が泰山だ。泰山鳴動して鼠一匹のあの泰山である。歴代皇帝も登った山だ。遙かに来たと思った。そして着いたのが天津だ。いいですねぇ。デスティネーションは天の港。

■純情な蚊

天津は日本と中国の歴史にまつわる因縁の場所だ。満州建国に当たって皇帝溥儀はここから中国を脱出している。

それはいい。飛んでいったとき天津は北京の代替空港であった。真新しい長さ4,000mの滑走路とターミナルビルはあるが、その他はガランとしたそっけない空港でもあった。駐機しているのは僕らのベル212だけ。

もちろん空港に隣接してホテルがあるが、名はカッコイイが誰も泊まっていない。僕のクルーが占領している。電気も水道もシャワーも、僕らが仕事を終わって帰ると動き出す。おまけに裏が吉原で、もとい葦原で、藪蚊の巣窟だ。皆さん横縞のパンティを履いている。

これが凄い。ベッドには蚊帳が吊ってあるのだが、そんなものに恐れをなすパンティ嬢はいない。外からメイッパイ毒牙を伸ばし刺す。新宿歌舞伎町だって顔負けだ。男たちの生き血を吸うなどコワイ話です。

しかし彼女らは純情だった。歌舞伎町みたいなことはない。血を吸いはするが哀しいほどに純情なのである。

どこにだって用心のいい奴はいる。ごそごそとバッグの中を探すと、日本秘伝の渦巻き蚊取り線香が出てきて、燻らせたら手足を振るわせて息絶えた。諸嬢枕を並べて昇天した。以来蚊取り線香は出張者の申し送りとなり、日中合作事業は蚊に悩まされることは無かった。おそるべし日本の技術。

べつにコクピットから見えたわけではなかったのだけれど、物凄い蚊がびっくりするほど簡単だったのは驚きだった。忘れられない思い出である。歌舞伎町の夜の女性たちも意外と純情なのかもしれない。



旅をしたアブ■11.30.2001


臨時ヘリポートは農道とか草原が多い。あたりには藪があったりしてアブがいる。大きなウシアブだけではなく小さなアブもいて、ときどきコクピットに迷い込む。

■自然の原則

アブのオスは花密や樹液を吸って無害だが、メスは人を刺して血を吸う。はなはだ痛い。子孫を産むためのやむを得ない仕儀だが、刺される人には憎き仕業だ。人間だけでなく、水牛もライオンも象も、尾を振ったり首を振って大変だ。

カマキリにしてもそのときはオスを喰ってしまう猛々しさだから、おおむねメスは恐ろしい。テレビで吠える女史やオバサンを見るまでもなく、我が身にも覚えはあるし、傍若無人だったかの秀吉だって北の政所を怖れた。

女の人をカヨワイなんて思わない。神様の設計で男より遙かに強く作ってある。種を保存するための基本コンセプトで、そうでなければ淘汰され種は長らえることができない。

そもそもフェミニズムとは、いかなるときにも女体を保護し種を絶やさない智慧なのである。そういう観点からは日本を男尊女卑と言うが、観察が皮相に過ぎる。遙かに繊細で複雑な女体保護のシステムが隠されているのだ。そうでなければ狭い島国に、これほどの繁栄はできるはずがない。なにしろ奥様なのだぞ。奥は一番安全な場所なのだ。そうでなくてもたいていはオッカナイなのだ。

だからといってフェミニズムを浅智慧とは言わない。世界に大和民族が拡散して、狭い島国に逼塞する必要が無くなれば、文化を新しくするのは当然だ。男尊女卑で頑張るより、フェミニズムの方が遙かに楽なのである。

女の人をメスなどといったら酷い目に遭わされるだろうが、文明の仮面をはぎ取れば、最後はそこに行き着くだろうと思う。風呂に入るように、ときどきは文明を脱ぎ捨てないと、何か根本的な間違いが起きる。17歳の少年が狂うのは、親も本人も風呂に入らないからだと思う。歴史的な知恵を忘れ、さりとてフェミニズムも疎かにすれば、ああいう仕儀はしかたないことである。

ある種のダニは環境が厳しくなるとメスしかいなくなるそうだ。最小個体数にオスは不要なのである。だからといってオスがいないわけではない。母親の胎内で精子を供給して死産する。したがって生きているのは皆メスなのだ。いつか環境が好転してオスも生きていられるようになるとやっと這いまわれる。これがオスの運命であり、だから優しくしてやらないといけない。昔の女性はちゃんと知っていた。

■迷い込んだアブ

アブからつい本音になったが、ともかくメスのアブは刺す。それにアブは口紅も引いていないしハイヒールも履いていない。オスかメスかはわからない。

狭いコクピットには僕と整備士しかいないから、刺される相手が少ないのだ。だからともかく、アブを見たらやられる前にやっつけなければならぬ。とたんにコクピットは生存競争の場になる。

飛んでいるときコクピットに招かれざる乗客を見付ける。アブである。整備士が帽子を脱いでベルトを緩めた。発止と打つ。

アブが驚いて右に逃げた。アブも遊んでいたら突然空間が動き出して故郷を引き離された。迷惑と思っているうちに不条理な攻撃だ。帰りたいと思う間もありはしない。命の危険を避けるため、ガラスの内側を出口探して必死に逃げ回る。

オスかメスか分からない。整備士はやたら打ち殺そうとする。アブは動転しているから気が回らない。外に逃れようとガラスに何度も遮られ、しまいはあえなく帽子に打たれてオダブツになった。

ところが運のいいアブもいて、逃げる風もなくそれでいて帽子にも打たれない。とうとう海峡を越え、無賃で次の着陸地まで旅をした。このアブきっとノンキなオスだったのだろう。それとも慎ましやかなメスだったのかもしれない。

着陸してドアをあけてやると礼もいわずに青空に消えていった。