「宮田豊昭の部屋」

達人の昆虫誌 / No.004

ヘリコプターは低空を飛ぶ
コクピットからいろんなものが見える
[達人の昆虫誌]



無惨やなバッタ ■11.26.2001

むかし「君作る人僕食べる人」というコマーシャルがあって、女性蔑視だと騒動になった。その頃ヘリコプターはパイロットといえども自分で作って自分で飛んだ。しかも作るのがヘリポートだから笑っちゃう。けれども文句をいう奴は誰もいなかった。

■奥の手

ヘリコプターにはオートローテーションという奥の手がある。エンジンが止まったらもちろんのこと、危ないと思ったらこれで逃げる。

「滑空だろう飛行機だってできる」、そう思うのは素人の赤坂見附界隈だ。低い高度で旋回しても危なくないし、前進速度がゼロでも接地できる。肝心なところで力学的に似ていないから心理的にはまるで違う。だからヘリコプター・パイロットには楽天家が多い。いざとなったら奥の手だ。

ただ降下率がちとばかり速い。最良滑空速度でおおむね1,700fpmだ。毎分520メートル。飛ぶ高度が低いから恐ろしく速く感じる。地面がワッと押し寄せてくる。

脇道に逸れるがオートローテーションの降下率はどんな機種でもそれほど変わらない。新しいスマートな機種だから降下率が遅いと誤解してはいけない。抵抗が小さいから最良滑空速度が速くなるだけで、降下角は良くなるが降下率は変わらないのである。どんな機種でも毎分1,700フィート(1,700fpm)前後、忘れてはいけない。

ベル47はイワシのむしりカス、抵抗のカタマリみたいなヘリコプターだった。のろい。最良滑空速度が45mphで、1分間にすれば1,200メートルである。1,700fpmは滑空比にすれば2.3:1、角度で30°に少し欠けるだけである。ドデン(動転)する急降下だ。

■草刈

そのベル47で教官稼業を8年もやった。おかしいのはまず教室を作り、次が訓練場を探すことだった。管制の縛りが小さいところ、しかも東京ヘリポートからそれほど遠くないところ、房総の茂原や東金を走り回り、下総の利根川流域を歩いた。買ったばかりの靴が一足ダメになった。いまでもその靴を鮮やかに覚えている。愚妻自慢の靴だったのだ。そして最後にたどり着いたのが竜ヶ崎飛行場である。

飛行場だからと思われたら困る。発想を変え、ランウエーを避けて葦原を刈り取り、ヘリポートを作ろうと決心するまでがことだったのである。そもそもどういうわけか飛行場はあまりヘリコプターが好きではなかった。そして葦は豪勢に生えていたのだ。

幸い「いいですよ」ということになって訓練生を引き連れ、手に手に鎌を持たせて葦を刈ることから始めた。訓練生が6人もいたからできたので、汗と馴れない鎌で作った血豆のヘリポートだ。

■楽園急襲

飛行場からすれば招かれざる客である。サービスはアテにできない。ときどき自分たちで草刈りをしなければならないが、それでもやっとオートローテーション訓練が心おきなくやれるようになった。

オートローテーションは音もない急降下。油断している虫を急襲する。昨日までの葦原は虫の楽園だった。その楽園が刈り取られたと思ったら怪鳥が襲う。ブレードはマッハ0.8で回っているから避けようがない。無残やなバッタ。

非情眠狂四郎は円月殺法。2枚なら2刀流、3枚なら3刀流。虫は哀れブレードに血痕を残して露と消える。小さな虫なら小さい痕跡、大きい虫は大きな痕跡。バッタは大きな痕跡を残す。

■コクピットの中

教官席に座って「もう一回」などと命令する。風防に虫が付き、ブレードも大変だなと思う。訓練生は汗をかいてエンジンの回転を上げ、ホバリングして機首を下げた。

 「アンダーしたら次はオバーに修正しろ!」
 「ハイッ!」
 「何度言ったらわかるんだ!」
 「ハイッ!」
 「虫ばかり殺すな!」
 「?」

・・・(因果な商売だよね。訓練で虫を殺し、ライセンスをもらった後もまた虫殺しなんだから)・・・


スズメバチと煙 ■11.16.2001

言葉は真実を伝えない。サン・テクジュペリはそういった。してみるとこの世、誤解だけで出来上がっているようなものだ。なるべく誤解を小さくするため国語教育をしっかりしなければならないのだが、風潮はどうも逆を向いているようだから心配だ。

その昔、この国は言霊の前で絶対平等の歴史があった。たぶん言葉は真実を伝えず、だから真実を伝えるものを言霊といい、その演錬に神秘を感じたに違いない。万葉集が天皇から庶民の歌までを収録し、最古の小説が女性の作品だったことにあらためて感心する。小学生に源平盛衰記を教えた時代がつい昨日だったことに驚く。声を出して読んだとき、言霊は響くのだ。

■山火事

関西で資材輸送をしていた。機種はベル204B。意のように飛ぶ傑作機だ。10人乗りだが整備士と2人でかるがると飛ぶと、まったくいい機種で素敵な商売だと思う。

そこまではいいのだが、この現場は小さな送電線で電工会社も小さい。調子よく運ぶとすぐ荷がなくなってしまう。しかたがないから待つのだが、何となくだらける。

ヘリポートは田ン圃の真ん中、いくらも離れていない北側に小山があって、かたちばかりの杉林になっていた。その肩を掠めるとちょうど着陸パスになり、その時もそうした。

荷が途切れたし、ちょうど昼時でもある。燃料は十分残っていたがエンジンを止めよう。

ローターがまだ回っているときにパトカーが押っ取り刀で飛んで来た。お巡りさんが転ぶように走ってくる。

「ヘリコプターが墜落したろう!」

私服の目が険しい。キョトンとした。別にシラを切るつもりはないが、瞬間、官憲の高飛車とパイロットの呑気がすれ違う。

こやつ何だ。挨拶のしかたががあるだろう。刺激するつもりはなくても声が尖る。

「ヘリコプターは目の前にあるでしょう」
「もう1機はどうしたかと聞いている!」
「さあね」

ここで相手の勘違いと気付いたが、頭からのセリフが気に食わない。どうしてもからかいたい気分が納まらず、口調がどうしても穏やかでない。

「1機しかありませんよ」
「あの煙は何だ!」

振り返ると小山に煙が上がっている。そう言えばさっき、着陸する前に煙が出ていて林の中で男たちが騒いでいた。

「知りませんね」

なるほど。テレビの取調室の展開とそっくりだ。作り物と思っていたが、かなりリアルと知った。関係者を素直にさせないのが警察の大事な役目らしい。

「ヘリコプターが墜落して燃えていると通報があった」。どうやら私服も誤報に興奮していると感づいたようだ。捨て台詞であたふたと立ち去った。

「何だあやまりもしないで」

ところが消防車が駆けつけ、救急車が駆けつけ大騒ぎである。そのたびごとに同じような問答があってすっかり腹が立った。腹が立つと食欲が無くなる。有り難いことに午後も仕事はチンタラだったからよかったが、まともであったら危ない心理状況だ。

■誤解のメカニズム

夕方旅館に帰って事の次第が判明した。給仕してくれた女将がおかしそうに笑う。

杉を伐採していたのだそうだ。そしたら特大のスズメバチの巣があって、人夫たちが集まり取ろうと杉の葉を燻した。盛大に煙が出たときちょうどヘリコプターが通りかかって、大きくバンクしながら降下した。たまたまそれを窓から眺めた人が墜落と早とちりして、警察にも消防署にも電話したのである。

そういえば山が騒いでいるように見えたのは、怒り狂ったスズメバチから逃げ回っていたのだろう。女将の話し方もおかしいし、男衆の慌てぶりを想像して、ついこっちも笑い出してしまった。すでに警察も消防も雲散霧消している。

芋の煮ころがしをつつきながら考える。窓から見ていたのはどんな人だったのだろう。普通の家だったのだろうかそれともどこかの事務所だったのだろうか。

勝手に普通の家と決めた。その時間に呑気に窓を見ていたのだから女の人に違いない。男だったら仕事に出ている。女の人でも庭に走り出してみたらヘリコプターは見えただろうから若い人ではない。きっと歳をとった人だろう。すわ一大事と勘違いしそうな人柄に違いない。電話してから野次馬になって駈けたろう。

箸を止めてまた笑ってしまった。なんのことはない自分が誤解のメカニズムを走っている。


密蜂■11.13.2001

ある夏、スズメバチが軒先に巣をかけた。市役所に電話しても消防署に電話しても埒があかない。そこで自分たちで退治しようということになった。さあ大変である。刺されたら命が危ないというので女たちが大騒ぎだ。もちろん仕事は男たちがする。女たちが騒ぐことでもあるまいと思うのだが、騒がないとならないのが女の役目らしい。

■悪役

電発十勝幹線のパトロールから帰ってきたら格納庫に農薬散布装置が送られてきていた。札幌丘珠飛行場である。

ところが仕事は農薬散布であるような無いような。本命は映画の撮影なのである。そもそも北海道にはヘリコプターによる農薬散布など無いのであって、それがわざわざ飛ぶのが悪い予感だ。

しかも場所が悪い。千歳のファイナルの下。ランウエー・エンドからいくらも離れていないところで、旅客機は飛ぶし戦闘機も飛ぶ。脚が出ていておそろしく低い。

散布の条件が対地高度100フィート以下。ハンマーヘッド・ターンができないから適当に応用で飛ばねばならない。厭な感じ。

それでも仕事とあれば仕方ない。予定の日に着陸したら何処かで会った人が居る。挨拶しようと思って気が付いた。有名な映画監督である。会ったのはテレビの画面だ。気楽に挨拶すれば恥をかくところだった。

カメラが何処に据えてあって、どういうふうに飛ぶか打ち合わせる。輪になって監督の話を聞いているが、麦藁帽をかぶった老人が睨んでいる。いよいよ厭な雰囲気だ。

老養蜂家が九州から花を追い、はるばると旅をして北海道にまで来る。そうするとヘリコプターが毒薬を撒いていて、大事なミツバチを全滅させてしまう。ミツバチは実直な働き者だ。要するにヘリコプターは、罪もない小さな生き物を殺す悪役なのである。予感が当たった。

役の上での敵役なら笑っても居られるだろうが、事実虫殺しが商売なのだから穏やかではない。金のためなら魂も売る営業に悪態をついてやりたい。仏頂面で説明を聞いた。

農薬は昆虫の呼吸器を破壊し窒息させるのだそうだ。昆虫の呼吸器は10対の気門があって同じだから、害虫だけを選択して殺すことができない。撒けば皆殺すことになる。

成分が空中に漂い虫に付着して効果がある。それだけなら簡単だが、本当の効果は植物に付いた薬なのである。液剤なら界面活性剤を混ぜ表面に広げ、残効によって虫を殺す。無数に仕掛けられた対虫用地雷と思えばいい。

カーソンが「沈黙の春」を書いてベストセラーになったのはつい3年ほど前だ。主張は正しいと認めざるを得ないが、ことは流行の先端センセーショナルであるから憎い。

この瑞穂の国、2000年の稲作農民の辛苦はどうなるのだ。享保の飢饉は虫の食害で起きた。何万人か死んだのを知らないと言うのか。若者はどんどん都会を目指し、農村が疲弊するのをどうするのだ。前後も考えず気楽にぴらぴらと正義を振り回す監督が憎い。その悪役とはどうだ。

プロである。黙ってランウエー・エンドを飛んだ。這うように飛ぶ頭の上を、F-104の編隊が轟音を上げて駆け抜ける。

■男は黙って勝負する

次の朝、まだ蜂たちが寝ている時間にそうっと巣にゴミ袋をかぶせ、カッターナイフで軒から切り落とした。手早く口を閉め、大量の殺虫剤を吹き込む。

怒り狂った羽音が物凄く、突き刺す音とともに針が袋の外に飛び出してくる。怖いもの見たさの女たちは青くなっている。念のためにもう一つ袋をかぶせて二重にし、台に置いて朝飯にした。

がやがやと後からきた女たちが心配している。彼女たちの想像力は、今にも蜂が紙袋を喰い破って、復讐のために襲い掛かってくるのである。蚊や蝿のための殺虫剤では蜂には効かないと信じている。おまけに蜂たちが可哀想だと言う。

日本の歴史には2度女性の時代があった。平安期と現代である。共通しているのは凶悪犯罪が増えるということだ。

世の中には悪い奴が必ずいるもので、峻厳な対処ができなければいくらでも増長する。だから女性優位の社会は、凶悪犯罪と裏腹であることを覚悟しなければならない。アメリカにテロが起きたことと多少の関係はあるのだ。つい昨日まで、アメリカは女性の原理で動いていたのだから。

こう言うと異論の向きもあるだろうが、歴史が実証している事実である。国会中継の女性代議士の質問を聴いていれば、社会はだんだん荒れていくだろうと思えるから不思議だ。ぴらぴらと正義を振りかざす理屈が大手を振っている。日本にはイギリスのサッチャーのような女性代議士を生むことはできないのだろう。