「宮田豊昭の部屋」

達人の昆虫誌 / No.002

ヘリコプターは低空を飛ぶ
コクピットからいろんなものが見える
[達人の昆虫誌]


ハエ ■10.14.2001

やれ打つな蝿が手を擦る足を擦る。一茶は優しい。

だがどう見ても蝿に愛情はもてない。複眼の色も気にくわないし口が厭だ。いかにも貪欲そうで卑しい。たぶん西洋文明が入ってきてから、蝿は病原菌をばら撒く悪党になったからだと思うのだが、とにかく一茶のように寛容にはなれない。

一茶ばかりではない。うるさいは五月蝿と書く。昔の日本人は蝿をうっとうしい奴だとは思ったが、悪い虫とは思わなかったのだろう。宮本武蔵が蕎麦を食う場面では、箸でつまむのが蝿でなければ絵にならない。

孫たちは蝿を怖がる。蝿が珍しくなり、たまに飛んでくる蝿を見ると逃げるのだ。恐竜が大好きなのに蝿を怖がる世の中になった。

■タマネギバエ

札幌の北、丘珠には飛行場を囲んでタマネギ畑が広がっていた。北海道のタマネギは端境期に収穫できる。日本中にタマネギが切れるころ市場に出て高値で取り引きされるから、農家は裕福だ。

しかし小さなハエがいる。なんでもタマネギバエといい、1938年(昭13)に初めて北海道で生息が記録されたらしい。それまでは居なかったのだから外国から持ち込まれたのだろう。その後本州や九州の各地に広がったのだそうな。これがタマネギに悪さをして収量が落ちる。

はなはだ心もとない書き様だが、実は生きているタマネギバエをしみじみと見たことが無いのだ。風防にこびりついて乾いた点にしかならない。羽根はすぐ風圧で飛んでしまい、ローターが止まる頃はこそぎ落とすのに難渋する困りものなのである。

土壌の表層に蛹で越冬し、北海道では年2世代を経過し春から秋にかけて活動する。ネギ類に寄生し、卵は地際土壌表層に産みつけられ、幼虫が地下部に食い入って害をする。特にタマネギで被害が大きい。多発すると全滅状態の惨害を被るそうだ。

■飛行場外

朝早く飛行場を発ち、飛行場を横目に飛ぶのは妙な気持ちである。しかもヘリポートは飛行場のすぐそばだ。公式の離着陸場が離着陸に用がないのも可笑しい。丘珠飛行場を離陸し放物線を描いてヘリポートに降りる。なんだろうなこれ。

いいかげんな時間になると、タマネギの穂の先をYS-11なんかがタクシーしていく姿がある。操縦桿に顎を乗せて眺めているとつい笑いたくなるのだ。もし飛行場をヘリポートにして、5分か10分おきに離着陸をコールしたらタワーは目を回すだろうな。つまらぬ連想をしていたら整備士が怪訝な顔をして親指を立てている。

■早朝の暗黒

ヘリポートの脇の農道に黒塗りのセダンが並んでいて、朝早くからエライ人でも視察にでも来るのだろうか。念のため頬かむりしたオジサンに聞いてみた。

それが大ハズレで薬積み込みの人夫の車。オジサンも黒塗りのセダン。農家が交代で人夫の役割だからその足だ。まだ自家用車が珍しい時代のことだったから驚いたの何の。

それだけで済んだら良かったが、散布はNHKで放送された。実況中継が珍しい時代だ。スタジオ102。アナウンサーが悪い宮田輝。見た会社の連中が騒ぎである。
「ミヤタは電線をくぐっているぞ! 懲罰を喰わせなければならない!」

望遠で引いたからそう見えただけで、電線なんか潜るわけがない。一生懸命釈明したが疑惑の眼差しは容易に解けそうもない。言うのに事欠いて「あのバカならやりそうだ」。

「誤解だ、真昼の暗黒だぁ!」。いや早朝の暗黒かな。

■結界

散布の速度で高圧線の下を潜るのなんぞは造作も無いことである。誰にだってできる。

だがひとたび線を潜ったら、それは危険に対して鈍感になるということなのだ。危険がいっぱいの気層の底で、結界が破れることにほかならない。

破界はいずれ身を滅ぼす。空で生き延びようと思うのなら、空の掟の結界を破ってはいけない。

あるとき、登り斜面の沢を登りながら撒いていた。パワーはぎりぎりで余裕が無い。しまったと思って沢を曲がったとき、目の前に高圧線が横切っていた。速度を切れば墜落する。南無三。必死で線を潜ってしまった。

さあ結界を破った禊をしなければならない。急いで旅館に帰る。斎戒沐浴し、お神酒を上げ、神に許しを請う。

酔っ払った頭は都合よく、虚空から「許す」という声が聞こえた。



閃影■10.05.2001

印旛沼のほとりがヘリポートである。計器板の向こうにマコモが繁り、夏だ。朝の湖面が静まって、あたりの風景とは別にヘリポートはローターが回り爆音もする。薬を積み込む人夫がせわしない。

地図を眺め散布の回数に正の横棒を書いた。正の字4つと一で21回目だ。予定は38回だから半分は終わり、塗りつぶした区域もちょうどいい。

眼を上げるとマコモを掠め、逆光の中を影が走った。
「あっヤンマだ」

たしかにヤンマだったと思う。用心深いトンボだから、騒々しいヘリポートに近づくはずはないのだけれど、たしかに一瞬よぎった影はヤンマだったと思う。

■狩

トンボ取りは狩りである。子供の僕が池の縁、マコモの中に身を低くして網を持ち、息を殺して待っている。縄張りをパトロールするヤンマを待ち伏せ、真夏の太陽が麦藁帽子にふりそそぐ。ヤンマは速いから一瞬の勝負だ。まだ来ない。

トンボ釣りも魅力的な技法だ。マコモに息を潜めるよりたくさんのヤンマを狩ることができる。短い竹竿の先にオンナヤンマを絹糸で結び、稲に隠れて輪を描いて飛ばす。真剣に呪文を唱えなければならない。

「オットギンチヤーンマ」

メスを見付けたオスが一直線に飛びかかってきて、すかさず網で捉える。網の中の羽音は幼い狩りの心をときめかせる。

腰に虫籠、左手に網、右手はオンナヤンマの竿を持って夕暮れまでヤンマを追う。時折シオカラトンボを捉え、疲れたオンナヤンマの餌にする。大切な狩りの相棒だ。

オンナヤンマを捉えることができないときは、オットギンチの腹を絵の具で白く塗り、代用にする。ニューハーフといったところだろう。狩りの品位は下がるが仕方がない。それでも釣れるからオスは哀しい。

長じてヒモという存在を知ったが、あれとは断然違う。自堕落な横着とは別な、純然たる狩りなのだ。汗を流し、全知全能を傾ける狩りなのである。ヒモは子供のとき、トンボ釣りなどしたことがないに違いない。

最も高級な狩りの道具は2つの小石を絹糸で結んだものである。

ヒョウタン形にくびれた小さな石を2つ捜す。見付けたら母にねだって絹糸をもらう。両端に石を結びつけて夕方の原っぱに行く。

夕焼けの空に、蚊を狙ってたくさんのトンボが集まる。その空に小石を投げる。あたかも虫が飛ぶように投げるのだ。トンボが石を追う。茜空があせて、暗くなるまで小石を空に投げる。収穫が無くても投げる。

めったに糸がトンボを捉えることはないが、トンボの習性を考えた知恵の道具だ。子供の文化と呼びたい。狩りは知恵と技術と体力とが必要だ。だから狩人は誇り高い人種でもある。虫取りは誇りにつながっている。

■ヤンマのように

農薬散布ばかりしているうちに、鳥というよりはヤンマだと思うようになった。稲の穂先をかすめ、ローターを煌めかせて滑るように飛ぶ。自分に決められた領域があり、領域の中を隅から隅まで満遍なく飛ぶ。

ヤンマの翼も細長く、骨と透明な皮膜だけでできている。残念ながらベル47は2翅だが、4翅ならヤンマそのものだと思う。3翅という半端もあるが、4翅だってあるのだ。彼ら4翅の連中は、ヤンマだと思っているだろうか。

いちばんヤンマを思わせたのはベル47の風防だ。ヤンマのような緑ではないが、大きく丸い風防は太陽を反射して光る。硬質な複眼は風防のバブルそのものだ。

センターフレームは頑丈な胸郭のようだし、細いテイル・ブームがまるでヤンマの尾ではないか。オグルマ(ウチワヤンマ)を思えばテイル・ローターは十分比肩できる。いかにもそれらしい。あなたは水面をかすめるオグルマを見たことあるか?

ヤンマの羽は陽を跳ねて振動する。ホバリングするときの微妙な陽のさざめきは、小さい狩人に尊敬の念を持たせるに十分だ。息をつめ竿を握って魅了されている。

右側と左側だけ考えれば、これでも健気に羽ばたいているのである。証拠に陽を跳ね返すさまは、曲がりなりにもヤンマに似ているのだ。

整備士が親指を立てている。準備ができたのだ。僕はヤンマになってマコモを掠め、湖面に向かって飛び立つ。残念ながら一閃というわけにはいかない。


啓蟄 ■09.27.2001

ヘリコプターの仕事は夏にかたよっている。暖かくなって動き出し、真夏に最盛期を迎え、秋には次第に少なくなる。冬の仕事はほとんど無い。

かつてはそうだった。半年で暮らす優雅というか、無駄が多い商売で、この点は虫そのものだ。高いヘリコプターが更に高くなる宿命を背負っている。

■出る虫は討たれる

冬籠もりの虫を蟄虫と言うのだそうだ。やたら難しい字である。それが這い出すことを啓蟄いう。陰暦で2月、太陽暦では3月6日前後と広辞苑に書いてある。

思うに、虫が出てくるのは太古の昔の人に特別の感懐を持たせたのだろう。寒い冬が終わり、万物が精気を取り戻して嬉しいと思い、ほんの少しは厄介なことも始まるぞと思ったのにちがいない。まだ寒い空を飛びながら、昭和の空中百姓もそう思った。

昆虫は変態しながら成虫になる。石炭期から二畳期の厳しい気候を生き延びる智慧だった。冬籠もりも智慧なのだろう。効率より生き延びる覚悟ができている。

3月半ばに農薬散布をする地方があった。冬籠もりの虫が出てきて、まだ弱々しいときにやっつけようとの魂胆である。だから農薬散布とはいえ寒いときにする。

朝の試運転はエンジンが冷え切っていてなかなか掛からない。整備士の腕の見せ所だ。

5機のヘリコプターが一斉にスターターを鳴らし始め、次々と轟音を立て始める。だけど僕の機体だけは白い煙を吐き出すだけで登校拒否だ。スターターが止まる。

さあ厄介なことになった。懸命にスターターを回してバッテリーは気息奄々。もう勢いよくスターターを回す元気もない。たぶんプラグには水滴が付いてもいるだろう。

止めないと整備士はムキになる。バッテリーがあがったりすればもっと厄介だ。ここはプラグを掃除して、完全に着火するようにしなければいけない。

自尊心が傷つきしおれている整備士と一緒にプラグ掃除。次々と他機が離陸して、ついに残りは1機になってしまった。

■ニカメイチュウ

啓蟄というと太陽が力を取り戻し、かすかに春の気配がするが、まだ冬で、寒々と枯れた田圃と掛からぬエンジンを想い出す。

退治した虫は何だったのだろう。思い出せないが越冬したウンカやヨコバイだったのかも知れない。あるいはニカメイチュウかも。

このニカメイチュウなる虫、幼虫の時は稲の髄に食い入り栄養を吸う。だからズイムシとも呼ばれる。年2回発生するので二化メイチュウ。虫の名はストレート、素朴でいい。

ヘリコプターが春を感じるのは風防に張り付く虫である。時速100キロ以上で衝突するのだから残念ながら死骸だ。鋭い音を立て張り付く。赤いのは血だろうか。

低空を飛ぶから避けようがない。やっぱり捕虫は宿命なのだろう。してみるとヘリコプターは鳥である。燕の親戚だ。

小さな音を立て虫が衝突し始めると春、もうじき暑い夏がやって来る。

■益子焼

話が突如焼物になるにはわけがある。寒い散布には必ずこの町があり、泊まるのは町外れの旅館だったからだ。

散布は午前中に終わってしまうので、昼過ぎの散歩は軒並み焼物の店を覗くのが例年になった。まだ焼物がブームになっていなかった時代、町は静かだったが外人は多く、小さな店でもドルやセントの表示があるのが驚きだった。オバサンが金髪を相手に駆け引きしている光景など、東京でも見られないのどかな風景である。ただし、いいものを外人が知っていて、日本人は気が付きもしないというのはシャクだった。

ところが日ならずしてブームになると、もうこの町は手垢がついて色あせた。商業主義まるだしで、風情がまったく無い。

焼物の図柄には虫の絵のものも多い。そもそもは生活用具を焼いていたのだから、身近な虫が描かれているのは自然なのだと思う。僕は雲を描いた湯飲みを買って、今でも大事に使っている。虫より雲に親しみがあるのは、ナリワイだからしかたない。