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(3)蒼穹無宿
ときどき蒼空無宿のペンネームを使って文章を書いた。四半世紀におよんだ旅から旅へ、ヘリコプター・パイロットの実感だったからである。ただしあまり気取った名で、面映いからたくさんの人の目に触れるものに使ったことは無い。
●漂白
騎馬民族は草を追って生活する。定住はしない。あきらかに切羽詰った目的を持ち、辿り着くのは一族の運命が掛かっている。だから旅は漂白なぞという生易しいものではない。
日本も歴史の中で、草原の民に一度だけかかわりがあった。「むごい」という言葉は「モンゴル」を語源としている。優しい草食の民は、荒々しい肉食の民を驚いたのだ。そして仕草を「むごい」と感じたのだ。
それほど草原の生存は容易でなかったのだろうが、大地に根を下ろし、安堵して暮らした歴史しかしらない東海の稲作民族の目から見れば、「むごい」のほかには彼らを漂白する根無し草のように思った。
遊牧の単位となる邑落は戸数が20戸余、人口は150人程度である。これが更に2、3戸ずつに分かれ草原に散在する。行動の範囲はときに100km以上にもおよんだ。それほど草原の生産性は低い。したがって家畜が草を食い尽くせば、移動せざるを得ないのだ。
家をたたみ家具を運ばなければならないので、すべてが移動に適した形になり不必要なものには興味が無い。定住民が財をなすとはまず家屋敷を整えることだが、彼ら騎馬民族は大きな固定物には恬淡としていた。むしろ家に執着する人々を軽蔑さえしたのである。確かなものとは、天だけであったのかもしれない。
ヘリコプターも草を追って漂白した。稲を草と思えばいい。
もちろん仕事は農薬散布だけではない。報道取材もあれば送電線巡視や資材輸送もある。しかし送電線巡視は電線を追っての旅であり、資材輸送は点々と現場を変える漂白などだ。決して定住はしないのである。
ヘリコプターの飛行の中は、農薬散布が50パーセントを占めていた。ヘリコプターの気質を決めたのは農薬散布だし稲だ。
稲は4月の末から5月の初旬に蒔かれ苗代になる。田植えがあって6月の下旬頃から虫追いがはじまる。ヘリコプター漂白の季節だ。終わるのは8月の末になる。
稲の生育の時期と虫の被害は重なるから、散布には適期があって、ヘリコプターは市町村を単位に旅から旅をする。日々の行動の範囲は騎馬民族の邑落に似ているが、むしろそれよりは狭い。広くてもせいぜい20km四方だろう。
一つの市町村が終わると次の市町村に移動する。移動は県の範囲だ。たぶん100km程度だろう。これでも騎馬民族の移動よりは狭い。
散布の適期は10日ほどだ。計画の市町村に合わせるために忙しい。けれども植物に合わせて移動していると十分に感じる。適期を外したら散布の意味がなくなるのだ。騎馬民族が飢えるのには比べようもないが、農家に眼を怒らせて詰め寄られると、似たような身の上だなとつい思ってしまう。
送電線の巡視も似ている。ハブ・アンド・スポークで飛び、朝飛び出したところに夕方帰る飛行もあるが、ひたすら線を追って旅する巡視もある。「陸の上なる放浪者、海の上なる漂泊者」など呟きながら線を追うが、「空の上では何と言うのだろう?」など、にわかに慣れない疑念にぶつかる。そばには27万ボルトがあるというに。
資材輸送になると、移動のパターンはよほど騎馬民族に似てくる。一ヶ所にいる期間は永くなり、移動の距離も遠い。ときには500kmにもなる。オフショアーは試掘なら3ヶ月か4ヶ月だ。移動は確実に数百kmに及び、国境を越えるときがある。
騎馬民族のリーダーは種族の安全を守る義務があった。定住しないがゆえ特に厳しい。移動の先を決め、移動の途中の安全を保障せねばならぬ。その任に堪えなければならないから、長子相続など暢ン気なことを言っていられない。たとえ末子でも能力に優れたものがリーダーを相続する。
ヘリコプターの機長が負わなければならないのは騎馬民族のリーダーの責任と同じだろうと思っている。旅先で自分とクルーの命を保障し、会社の財産を守らねばならない。
●穹廬
匈奴の住居は穹廬といった。字はなじみがないが、青空の下に張り、弓のような棒で支えた天幕と、ささやかな炉だけという感じだ。事実材料はフェルトと細い棒だけである。スキタイは房車と言った。いずれも物はたぶんテレビで見るパオのようなものだろう。入り口は東に向かい朝日を招く位置に建てる。天や太陽を敬愛した質実素朴な住居だ。移動の時には分解し、荷車に積んで手軽に運んだ。
馬や羊を追って生活し、家畜の肉を常食とし、ヨーグルトやチーズを食べ、馬乳酒をたしなんだ。ときには少しの穀物も食べる。
衣服は上衣に筒袖、下服はズボンであった。材料は毛皮、フェルトが主だが、中国産の絹であることもあった。上衣の上から革帯を締め、馬を飛ばせても衣服が乱れない工夫である。今は誰も何の気なしにズボンとベルトをしているが、発明の主は騎馬民族なのである。洋服などとなどと呼んでいるが、早い話が騎馬服なのだ。洋服は装飾過多な騎士のあの服のことだと思うのは誤解だ。
持って歩けるものにしか興味がもてなかったから、騎馬民族は装身具に凝った。美術館で見る騎馬民族の装身具は、金銀と宝石で彩られた見事なものである。
ヘリコプターも旅から旅だから、持ち物は手に持てるものだ。洗面用具、下着、仕事着、靴などである。パイロットなら地図、手袋が加わる。趣味の道具でも、かさばるものはいけない。
あるときやたら釣りが流行ったことがあった。釣竿なら袋に詰めて持って歩ける。ゴルフ・バックなどならひどく苦労することになるだろう。その昔、文机を持って歩く人もいたが、これには心底驚いた。その人おまけに木刀も携えている。
旅といってもヘリコプターは旅館に泊まる。騎馬民族のように家ごと背負って移動するわけではない。しかし出発の朝は、機体が5機にもなれば、10人の旅人それぞれの手荷物で宿の帳場はごった返す。
騎馬民族が装飾品に凝ったように、意を尽くした身の回り品を詰めたバックが所狭しと並んでいるのだ。酒は広島と言った人のバックが、変に膨らんでいるのは酒のせいだろう。ここは酒どころ秋田というに。
機体は村はずれの草原で100時間点検を迎えることもある。そのための交換部品もオイルやグリス、工具も抱えて飛ぶ。係留のキャンバス・カバーはさしずめ天幕だ。パオと呼ぶにはいささか貧弱だが、広げたり畳んだり、まあ似たようなものかもしれない。
資材輸送の機体ともなれば、規模はもっと大きくなる。燃料補給用のポンプだけでも2人掛りでなければ持ち上がらないし、工具も大きな木箱に整頓して詰めている。こうなると家ごと引っ越している雰囲気は十分だ。移動のときは忘れ物が無いよう数えなければならない。
オフショアーでは事務所の用具一式も加わる。運航開始検査で必要になり、現地で調達できない必需品は機体に載せて移動する。立派に騎馬民族である。
●国境
騎馬民族には国境なぞ無かった。草を追って平気で旅をする。国境など近代国家が勝手に引いた線で、許可など凄まれたらえらい迷惑だ。
空にも境目があるわけではない。何処へでも飛んでいけそうだが、これがそうはいかない。国家権力が頑として控え、ヘリコプターは騎馬民族と同じ迷惑を蒙るのである。
農薬散布や資材輸送に精を出している間は良かったが、オフショアーになってがぜん国境が立ちはだかる。国境どころかFIRとかADIZなど、妙なものが通せんぼして迷惑だ。
基地がFIRのこっち側で、リグがFIRの向こう側だったりすれば、一体どうしたらいいんだ。対馬沖を掘ったときなどはほとんどADIZの上にリグがあって、両方の戦闘機に邀撃されやせんかとはらはらした。稚内沖はまだ冷戦の真っ最中だった。こわもての赤い星をつけた戦闘機が眼と鼻の先にいて、警告無しに30mm砲弾が飛んでくるかもしれない。
笑い話になったが東シナ海でトムキャット2機にインターセプトされたクルーがいた。脚を出し、フラップを全開にした向こうも大変だったろうが、こっちだって魂消る。なにしろこいつ、毎分6,000発の20mmガットリングを積んでいるのだから。
国際線の旅客機なら、両方の政府が了解の上で路線が開設される。相互互恵が原則だから、半分ずつ便を飛ばせてしゃんしゃんだが、空の騎馬民族はそうもいかない。 |