脚のひとりごと / 02
text : Toyoaki Miyata



ギガントの脚
防衛大学の学生舎から横須賀湾が見える。高速艇が出てきてパトロールを始めると、何をしていても手がつかない。目は海に張りつけになる。

白波を蹴立てて風に沿い、ボートは何度も同じ水面を往復する。息を殺しているその空に、ネイビーブルーのマーチンP-5Mが降りてくる。

接水した瞬間に白いベールが吹き上がり、一幅の絵だ。やがて白波がおさまり、翼端のフロートをつけて傾き、ゆっくりと波に身をゆだねる。飛行艇の滑水はロマンチックで、見惚れるだけの値打ちがある。

高速艇は流木や漂流物を探しているのだ。艇体に当たれば穴を開け、飛行艇が沈没する。長い滑走路が取れるといっても良いことばかりではない。海水の腐食といい、パトロールといい、飛行艇にはやたら手が掛かる。

第一水切りを良くしなければ離水ができぬ。そこでステップを付けるのだが空気抵抗が甚だしい。空中性能は陸上機に及ばぬ道理だ。それに沈まぬように水密にもしなければならぬ。重くなる。だから飛行艇は、陸上の飛行場が整備され頑丈な脚ができるようになると急速に姿を消していった。

第2次世界大戦中メッサーシュミットにギガントという飛行機があった。奇怪なフォルムのコンテストがあれば、5本の指に入ること請け合いという機体である。正式名称はMe323といい、200機以上も作られた。

もともとは兵員輸送用のグライダーだったのだが、エンジンを6つもつけて輸送機になった。幅が55m、ジャンボほどの大きさだ。重さは50トンだが当時としては並外れて重い。兵員なら80人、分解した戦闘機なら3機、車両や武器弾薬を積んで、アフリカのロンメルを支え、ロシア戦線にも飛んだ。
このギガントの脚がけたたましい。胴体脇のバルジに5個ずつ、両側で10個の車輪がある。バルジに脚を引っ込める系譜は現在のC-130ハーキュリーズにつながると思うが、多脚車輪のはしりでもあるから、ワイドボディ機の元祖でもある。たとえ元祖でなくとも、脚の設計家に勇気を与えたのは確かである。

ギガントは前線に強行着陸する目的があったから10輪にしたのだけれど、本番で使いっぱなしにされることはなかった。接地圧が小さく、どんな飛行場でも離着陸できたのが利いている。きわめて重宝な輸送機だったのである。

飛行艇を駆逐したのはDC-4である。重量は20トンを超え、大西洋を渡る航続力があり、スピードも出たからたちまち渡洋の王者となった。なにしろ第2次世界大戦の3年間で、79,642回も大西洋を横断した記録が残っている。

DC-4は脚柱も太くなったが、車輪がダブルになったのが変化である。ギガントほどドラスティックでないにしても、接地圧が半分になったのだ。ロッキードのコンステレーションもボーイングのストラトクルーザーも、以後の大型機は皆ダブル・タイヤになっている。

これは輸送機だけの変化ではない。爆撃機もB-17からB-29への進化は、シングル・タイヤからダブル・タイヤである。そしてしばらくダブルの時代が続くのだ。


ジャンボの脚
井戸剛さんがNHKブックスから出している「旅客機の科学」という本がある。この本が並ではない。とっかかりが脚なのである。

飛行機の本は翼から、が類型なのに、いきなり脚が気に入っている。旅客が空の旅のプロセスを追うようにテーマが進展する。離陸、巡航、着陸と順序に従うから、脚がまっ先に来なければならない。第一脚がなければ客を待って立ってもいられないし、ランプ・アウトもできない。

井戸さんは飛行機にとって最も大切な基本的特性は「自分で離陸できること」と主張する。この本のいちばん好きな部分だ。「駆ける脚」がいい。

なにも飛行機に限ることはない。空を飛ぶものにとって飛べるのは当たり前、しかし飛び立ちの儀式は何よりも大切なものだ。最もきわどいし、苦痛に満ちた瞬間でもある。鳥たちを見ても、跳ぶスポーツを見てもすぐ分かる。助走にかける精神の集中、懸命さ、技術、それが飛翔を決めてしまうのだから。 
飛ぶ前が気楽なパイロットなど会ったことがない。

だから脚は、重い機体を支えたり動かしたり、空中では邪魔にならないよう引っ込めたり、降着装置の機構は複雑だと敬意を払っている。それと同じように、胴体や主翼から下に突き出たエンジンやプロペラが、地面に当たらないようにしていると、さりげない説明がいい。そして4輪ボギーの写真が載っている。

ダブル2脚の時代は着陸重量が70トンで限界を迎える。それ以上ではとても保てない。かくて4輪2脚の時代となった。太くはあるが懸命に走る。鈍重で良いわけがない。さしずめチラノザウルスの脚か。

それでも貪欲に体重が増え、とうとう200トンに近づき超えた。とても2脚では間に合わないからジャンボは4脚になった。たとえてみれば4脚の恐竜だが、自然界には4脚で疾走する巨大動物はなく、げに人間の情念は恐ろしい。象の脚で虎のように走る。


3車輪
1940年ころを境にして、尾輪式がすたれ首輪式が本流になった。鍵はシミーダンパーである。高速で走ると3車輪式の首輪に猛烈な振動が起きる。シミーという。周波数が高くもてあました。

プロペラ機にしてみれば首輪式にすることは長い首脚にすることだから、これも転換をためらわせた。よんどころなければ昔のままがいい。それに主輪を収める機構や部屋を機首に作れば、抵抗が増えて性能が出せない。

しかし進歩を信念にする人もいて、P-39コブラやP-38ライトニングは敢然と首輪を採用した。たぶん勇気の問題なのだろう。ベル社もロッキード社も、陸軍に食い込むためには工夫と同時に勇気も必要だった。

首輪式は尾輪式に比べてテイクオフ・ロールもアフターランディング・ロールも圧倒的に楽なのだ。重心が脚の前にあるか後ろにあるかを考えれば、直進するにはどっちが有利かはすぐに分かる。操縦する身には体中で分かる。少々下手糞な着陸でも、首輪式ならなんとかなるのである。脚の革命だとひそかに思っている。
プロペラが無くなりジェットの時代は1945年ころだった。世の中うまい具合に運ぶときもあって、たちまち首輪が尾輪を駆逐した。

操縦士にとってみれば、タイヤがダブルでもシングルでもさして気にはしない。けれども首輪か尾輪かは決定的に違うのだ。

かつてT-33で猛烈なシミーを経験したことがある。離陸直前で、たぶん100ノットは出ていただろう。とっさに離陸続行を決意したが、脚が吹っ飛ぶのではないかと思った。

たぶん首輪が小石を拾ったか、機首上げが丁度シミーの条件にあっていたからだと思う。ダンパーで押さえられない組み合わせになったのだ。


スキッドとホイル
民間ヘリコプターはベル47から始まった。ベル47の脚はスキッドであり、一時期の民間ヘリコプターはほとんどがベル47だった。早い話が普段に見る脚はスキッドで、ホイルはほんのマイナーである。教科書にも長所が並べてあって、見渡す限りスキッドだらけ。単純にスキッドが優れていると信じてしまったのも不思議でない。

悪いことに最新鋭機ベル204Bの脚がスキッドだった。全備重量が8,500ポンドもあるのにスキッドなのである。しかもこの機種、掛け値なしに傑作機であった。乗っていてこれほど気持ちのいい機種はお目にかかったことがない。だから大きさに関係なく、ヘリコプターの脚はスキッド、の神話ができた。

しかしベル204Bがあまり良かったので批判は出なかったが、泣き所があって、それが脚であったのである。

格納庫に大きな扉があって、レールが何本か引かれている。204Bを出し入れするとき、このレールで折れた脚があるのを知っているだろうか。しかも無視できる数ではないのである。飛行機でこんな事が起きたら大騒ぎになるだろう。

だからパイロットも整備士も、204Bを満タンにして格納しない。なるべく軽くして格納するのだ。機体が半分出かかったところで脚が折れたりしたら目も当てられない。脚柱の肉厚を変えたりショットピーニングしたり、努力はしたが安心はできなかった。まあ全備重量7,000ポンドくらいがスキッドの限界で、8,500ポンドは無理なのだ。

ヘリコプターの脚だって、脚に要求されることは飛行機と同じだ。少し違うとすれば、着陸のとき水平速度が無いことである。だからスキッドでも用が足りるという発想が生まれる。しかしタイヤのように重量に応じて変形し、接地面と妥協することをしない。妥協しなければならないのは接地面の方なのである。

長崎空港が開港して3日目、真新しいランプに僕は降りた。機種はベル212である。畳となんとかは新しいのがいいと言うが、空港も新しいのが良い。すがすがしい気分で離陸し、客を運んでまた長崎に帰ってきた。

着陸するや血相を変えた職員が駆けつけ、胸倉につかみかからんばかりに怒っている。着陸する前に、僕だってちょっとまずいことになってるな、と思っていた。きれいなランプにスキッドの跡がれいれいしく付いているのだ。

いきなり怒鳴りつけられてムッとした。まずは素直に謝ってと思っていたが、そうもいかない。ましてやヘリコプターは航空機とも思っていないような言葉遣いが頭に来た。つい言葉を荒げて言い返したのは勢いである。
ランプの隅に人だかりができて、不穏な空気である。そこへ空港長のジープが駆けつけ、いよいよただならぬ雰囲気になる。双方の言い分を聞き、「この機体は立派にJAナンバーを付けた航空機だ。エプロンに駐機する権利がある。それで傷つくとしたらランプが悪い」

空港長の言葉で一件落着となったが、真新しい傷跡はどうしようもなく、やっぱり肩身が狭い。理屈は理屈だが、重いヘリコプターのキャプテンは気骨が折れる。

スキッドの脚は取り付けの具合でいつも4本である。この4本にはゴムもオレオも無いのが普通で、ブッキラボーなパイプ。緩衝は支えるクロスチュ−ブがする。連想が良くないが、ヘリコプターはいつでも股裂きの刑に遭っている気がしてならない。

どうしても満タンにして駐機しなければならないことがあった。しかも増槽を着けて重い。心配で夜も寝られないから、スキッドが開かぬようにマニラ・ロープで縛っておいた。まるで自刃する武士の妻である。見物に来た人の憐憫の目がたまらない。

機体が大きくなってハンドリングが無視できなくなると、もはやスキッドでは無理だ。どうしてもホイルになる。

ライトツインが出てきたとき、ホイルになりみんな脚を引っ込めた。流行性のオコリに罹った按配である。速く飛べることに夢中になった。たかだか250km/hなのに。

固定脚から引込脚への分水嶺は400km/hなのだ。エエカッコシイに過ぎない。見た目は悪くとも、重くなる分燃料を積んだ方がなんぼか頼りになる。

熱病が過ぎて、最近は固定脚のヘリコプターの方にブが良くなった。やれやれと思う。脚は脚である、良識を馬鹿にしてはいけない。これからはこれが本流になるだろう。

走るのが商売の脚ではないから、首輪式でも尾輪式でもかまわない。アフター・ランディング・ロールがオットトにはならない。特に戦闘用ヘリコプターで機首に機関銃を装備すると、首輪は邪魔になるから尾輪の方が良いことにもなる。

ともかく、ヘリコプターの脚は飛行機の脚と違うのだ。


進化の方向
超大型機の話はいつの時代も消えることがない。しかし大型機の戦争は、翼や胴体より本当は脚の戦争だと思っている。ハイテクで脳が発達するよりも、支える脚が決め手なのだ。進化論の原則だ。

主脚がダブルの時代は1脚35トン、2脚で70トンが限界だった。4輪ボギーになって1脚が90トンを支えた。ジャンボ4脚はそれぞれが70トン、まだ90トンまで行っていない。いくらか余裕があるように見える。技術の進歩もあるし、おおむね100トンまでは行けそうだ。4脚なら400トン、これは着陸重量だから離陸重量では600トンくらいまで、何とかなるのではないだろうか。
そうは言っても楽ではない。主脚5本が出てくるかも知れないし、ボーイング777は2脚で230トン、1脚100トンを超えて早くも6輪ボギーになった。もし5脚6輪ボギーとなったら、どうやって格納するのか、どこに格納するのか、脚への興味は深々である。

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