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民間ヘリコプターはベル47から始まった。ベル47の脚はスキッドであり、一時期の民間ヘリコプターはほとんどがベル47だった。早い話が普段に見る脚はスキッドで、ホイルはほんのマイナーである。教科書にも長所が並べてあって、見渡す限りスキッドだらけ。単純にスキッドが優れていると信じてしまったのも不思議でない。
悪いことに最新鋭機ベル204Bの脚がスキッドだった。全備重量が8,500ポンドもあるのにスキッドなのである。しかもこの機種、掛け値なしに傑作機であった。乗っていてこれほど気持ちのいい機種はお目にかかったことがない。だから大きさに関係なく、ヘリコプターの脚はスキッド、の神話ができた。
しかしベル204Bがあまり良かったので批判は出なかったが、泣き所があって、それが脚であったのである。
格納庫に大きな扉があって、レールが何本か引かれている。204Bを出し入れするとき、このレールで折れた脚があるのを知っているだろうか。しかも無視できる数ではないのである。飛行機でこんな事が起きたら大騒ぎになるだろう。
だからパイロットも整備士も、204Bを満タンにして格納しない。なるべく軽くして格納するのだ。機体が半分出かかったところで脚が折れたりしたら目も当てられない。脚柱の肉厚を変えたりショットピーニングしたり、努力はしたが安心はできなかった。まあ全備重量7,000ポンドくらいがスキッドの限界で、8,500ポンドは無理なのだ。
ヘリコプターの脚だって、脚に要求されることは飛行機と同じだ。少し違うとすれば、着陸のとき水平速度が無いことである。だからスキッドでも用が足りるという発想が生まれる。しかしタイヤのように重量に応じて変形し、接地面と妥協することをしない。妥協しなければならないのは接地面の方なのである。
長崎空港が開港して3日目、真新しいランプに僕は降りた。機種はベル212である。畳となんとかは新しいのがいいと言うが、空港も新しいのが良い。すがすがしい気分で離陸し、客を運んでまた長崎に帰ってきた。
着陸するや血相を変えた職員が駆けつけ、胸倉につかみかからんばかりに怒っている。着陸する前に、僕だってちょっとまずいことになってるな、と思っていた。きれいなランプにスキッドの跡がれいれいしく付いているのだ。
いきなり怒鳴りつけられてムッとした。まずは素直に謝ってと思っていたが、そうもいかない。ましてやヘリコプターは航空機とも思っていないような言葉遣いが頭に来た。つい言葉を荒げて言い返したのは勢いである。 |
ランプの隅に人だかりができて、不穏な空気である。そこへ空港長のジープが駆けつけ、いよいよただならぬ雰囲気になる。双方の言い分を聞き、「この機体は立派にJAナンバーを付けた航空機だ。エプロンに駐機する権利がある。それで傷つくとしたらランプが悪い」
空港長の言葉で一件落着となったが、真新しい傷跡はどうしようもなく、やっぱり肩身が狭い。理屈は理屈だが、重いヘリコプターのキャプテンは気骨が折れる。
スキッドの脚は取り付けの具合でいつも4本である。この4本にはゴムもオレオも無いのが普通で、ブッキラボーなパイプ。緩衝は支えるクロスチュ−ブがする。連想が良くないが、ヘリコプターはいつでも股裂きの刑に遭っている気がしてならない。
どうしても満タンにして駐機しなければならないことがあった。しかも増槽を着けて重い。心配で夜も寝られないから、スキッドが開かぬようにマニラ・ロープで縛っておいた。まるで自刃する武士の妻である。見物に来た人の憐憫の目がたまらない。
機体が大きくなってハンドリングが無視できなくなると、もはやスキッドでは無理だ。どうしてもホイルになる。
ライトツインが出てきたとき、ホイルになりみんな脚を引っ込めた。流行性のオコリに罹った按配である。速く飛べることに夢中になった。たかだか250km/hなのに。
固定脚から引込脚への分水嶺は400km/hなのだ。エエカッコシイに過ぎない。見た目は悪くとも、重くなる分燃料を積んだ方がなんぼか頼りになる。
熱病が過ぎて、最近は固定脚のヘリコプターの方にブが良くなった。やれやれと思う。脚は脚である、良識を馬鹿にしてはいけない。これからはこれが本流になるだろう。
走るのが商売の脚ではないから、首輪式でも尾輪式でもかまわない。アフター・ランディング・ロールがオットトにはならない。特に戦闘用ヘリコプターで機首に機関銃を装備すると、首輪は邪魔になるから尾輪の方が良いことにもなる。
ともかく、ヘリコプターの脚は飛行機の脚と違うのだ。 |
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