Minoru Matsuba vs Toyoaki Miyata

013

最終回

松葉 稔

宮田豊昭

スカイネット・ワン編集部

日本の航空技術と航空文化

一つ一つのモノづくりもそうですが、それを総合的にうまくつなげていくシステムが第2次大戦時にはあんまりうまくいっていなかった。もう少し日本の航空産業というか航空機開発のシステムが違う形だったら、もっと違う結果になっていたかもしれませんね。

まあだけど、ああいう負け方をしたんだから、国民がみんなそのために苦しんだんだから、少しは利口になってもらわないとね‥‥。けれど相変わらず同じことをやってるというのが気にくわないんだよなー。

それはたぶん一人一人が考えていないということでしょうかね。

僕は逆に考えて、そういうことを総合的に考えないから、日本でしかつくれない特異な機体が出来上がったわけでね。アメリカ人が発想すれば、絶対つくれないゼロ戦ができちゃった。まあ、完璧じゃないんだけれども日本的文化の発想のもとにつくられた特異なモノがその中にあるんじゃないかと思うんです。

だけどその名残が、いまの飛行機のどこかに入っているというならば、日本の歴史や世界の歴史というものに繋がるんだよね。戦後、ドイツの飛行機も日本の飛行機もみんなアメリカにもっていって分解して調査した。その中で、これは学ぶべき点があるというのは、圧倒的にドイツの飛行機。 日本の戦闘機を真似したというのは、ほとんどないんだね。まあ、あえて言えばね、空戦フラップ。いまでいえばF-104、あれは紫電改とか紫電の空戦フラップと同じといえば言えなくもない。

考え方、アイデアはそうですね。
それ以外に世界の航空の歴史を塗り替えるような技術はあったのか、といったら、まあなかったと言えるだろうなあ。戦後10〜20年間くらいは全部ドイツの技術でつくったからね。アメリカもイギリスもどこもここも。ドイツが考えた以外で一つだけある。それはエーリアルール(コカコーラ型胴体)。あれはドイツ人も考えない。 そうすると日本的であるということは必要だし、好き嫌いというと圧倒的に日本の飛行機だけどね。でも航空の歴史に後世どれだけの影響を与えたかということになると日本は寂しいんだよね。

日本の新しい戦闘機ができ始めたころというのは、いまおっしゃったように、ドイツとかアメリカの技術を導入して、追いつけ追い越せという時代で、やっと欧米並のレベルの機体がつくれるようになった。というところでドンパチ始めちゃったわけですよね。それで負けちゃって終わった。残念な話、その時点で日本の航空はシャットアウトしちゃったでしょ。

これがもし、そのまま継続していればね、あの体験から何が生まれてきたかというのは非常に興味があるんですよね。すごい空白をつくっちゃって、その後生かす場がない。現状では、細々とライセンス生産をするくらいしかないわけで、結局その技術が持ち越せなかったというのが非常に残念ですよね。もし繋がっていれば、また日本独特のオリジナルなモノができたかもしれない。
たとえばいま空自で、次に新しい機体を欲しいと思っても、アメリカの機体を探してもドイツの機体を探してもいいのがない。どうしても日本の空自向けにするためには大きな改造をしなくては使えない。やっぱり国によって使い方と用兵が違うんですよね。

そういうところでは日本独自の技術とか機体ができてくるチャンスであると思うんです。しかし、逆に言えば日本のニーズで発生したものが、アメリカに通用するかといったら、それはダメということも起きる。

よく竹村健一がいうじゃないですか、日本の常識は世界の非常識で、世界の常識は日本の非常識とね。飛行機もある意味で独自文化がつくった独自の特徴のある一つの技術の成果だろうし。

司馬遼太郎が文化と文明ということで言ってるでしょ。日本は基本的に文明を作れないんですよ。文化というのは偏りだからね。文明というのはどこでも通用する。どこにでも通用するという言い方からすると、日本人には作れないんですよ。

うん、普遍性がない。

たとえばYS-11がいい例。プロジェクトXで、涙涙でやってたけれど、全然違うと思ってんだね。要するに確かに文明の中で、あれを続けられなかったというのが問題なんだけれど、出発点が悪いと思うのね。

あの番組の中で5人のサムライというのが出てくるでしょ。彼らのはもうあくまでもシーズから出ているんだよ。飛行機というのが文明になるためには、ニーズに合わなきゃ文明にはならない。
だけど日本のシーズってのはね、いつでもニーズと関係なく自分の頭でこれがいいという発想しかできないんだよね。

世界はニーズ、日本だけシーズなの。経済産業省はYS-11のあとからずーっと何十年もいろいろYSXというのを言ってるけれどモノにならない。今度はまたなんかやろうとしている。おそらくね日本はニーズを忘れてやると思う。そしたらね、世界で買ってくんないから・‥。そんなのつくったってダメ。

航空技術もさることながら航空文化の面でも弱いですね。まず身近ではないですし。

文化というのはそれだけの底辺があってはじめて生まれるものだからね。ただ航空博物館を作っても、底辺がないものをね、どうやって広げてくんだと思う。

そう、ゼロにしちゃったものね。一度ゴハサンにしちゃったんだから・‥。

話は簡単なのよ。ニーズをつくっていくのは使った人でしょ。日本で飛行機を使った人はみんな海軍や陸軍の軍人だよね。それがみんな死んじゃってんだから。生き残っているのは知らない人。だから日本に航空文化は生まれないと思う。

飛行機というと一般的には交通手段でエアラインに乗ることくらいしかありませんし、それが飛行機だというぐらいの認識しかないですものね。

みんなエアラインを航空機、飛行機って言ってるけれど、操縦する立場からいうと、あれはパイロットではないですから、あれはオペレーターです。

なるほど。

エアラインはオペレーター。パイロットはジェネアビしかいないんですよ。自分の頭で考えて、山にぶつかる人なんかも出てくるけれどね・‥。ところが、パイロットで幅きかせるのはオペレーターなんだよね。でも使う方の立場からすると、それは除かなきゃいけない。けれど除くといなくなっちゃう(笑)。

それは気が付きませんでした。

ここでまた「生みの親より育ての親」の話が出てくる。育ての親が子育てをどうやってやるかというのが蓄積としてあってはじめて親が成立する。ところが日本では、親がどうやったら親になるかというのが分かんないから、子供を殺すんだからね。育ての親を育てなきゃいけない。それをどうやるかということを考えなきゃいけない。

そうですね。今日の戦闘機の話の中でこんな深いお話が聞けるとは思いもしませんでした。

操縦士協会がある時講演依頼をしてきた。何をテーマにしますか? ってきいてきたので「生みの親より育ての親」っていったらね、事務局が「困ります」って言うの。

教育や子育ての話だと思われて。

そう、それで「そうじゃない、メーカーとパイロットの話をするんだ」っていったらね、それならいいですってことで、やったのね。そしたらエアラインのパイロットは5人くらいしか来なかった。

[ニーズとシーズ]

以前、マクダネルダグラスがMD900というヘリコプターを開発するために、パープルチームというのをつくったわけ。世界中からオペレーターを集めてチームを作って、スペックやらどういうヘリコプターをつくったらいいかを考えるために、それぞれの国のオペレーターにアンケートを採ったり、意見や要望を聞いたりした。

日本からも1社だけうちが選ばれたの。それで始めからずっと私が話をしていたんだけれど、天安門事件のころで膨海湾でうちの飛行機が落ちてしまって、とてもそれどころではなくなってしまって、別のやつを出させたのね。
それで、そいつが何を言ったかというとね、「ハー、こいつも日本の操縦士だ」と思ったんだけれど、もう鼻くそみたいなこと言ってんの。そんなこと言ってんじゃダメだって思ってガックリ来た。

だから出来上がった機体を見ても、日本の意見は全然通らなかっただろうと思うよ。まさに日本のパイロットは育ての親にはなれないんですよ。

宮田さんに頑張っていただかないと。

だけど、一番初めにマクダネルダグラスが日本に来て、「どういうヘリコプターをつくってほしいか」と聞かれたときに、「静かなヘリコプターをつくってくれ」と言ったの。うるさいのはダメだと。

そしたら、分厚いアンケート用紙をもっていた担当者が、ガッと顔を上げて、「世界中を回ってきたけど、静かなヘリコプターなんてことを言うやつは、誰もいなかった」って言うんだよね。他はエンジンを2つにしろとか1つにしろとか、このくらいの大きさにしろとか、運航費が安いやつにしろとかね。
だけど、静かなやつにしろと言ったのは、お前が初めてだって。なぜならば「都会に出て来なきゃならないヘリコプターが都会に入れない。国民に愛されるヘリコプターが、そこまで行かない。最大のネックはうるさいことだ。だから、音がしないヘリコプターをつくれ」って言ったの。

だけどね、それだけは通ったよ。MDが900をつくったときの一番初めのうたい文句は「音が静かだ」ということだった。

それは凄いことじゃないですか!

あいつ言うこと聞いたと思ったんだよね。

なるほど、それは凄い。でもそういう視点を持ちにくいというのは、どういうことなんですかね、日本人の感性として機械に対する認識の基準の違いですかね。

シーズから発想すると、いかに性能のいいヘリコプターをつくるかということになる。だけど、ニーズから発想すると、とにかくニーズを大きくするということだから、田舎の山村とかそれこそ誰もいないようなところで飛んでいても広がるわけない。都会で飛べるためには、音をなるべく静かにしようということになってくる。

何年か前、日本の設計者に同じことを言ったことがある。「なんとか音を静かにできませんか」って言ったら、「そんなことはできない」と、とりつく島もないというか言下にね・‥。
日本のヘリコプターをつくる側は、その当時は音を静かにしようなんて誰も考えなかったね。ところが、いま一番売れてるヘリコプターは、EC-135とか、どんどん音が静かになって来ている。

いかに音を静かにするようにということを世界のメーカーは一生懸命考えてますよ。それは基本的に言えば、90何デシベルの機体がね、70デシベルとか80デシベルぐらいになっているだけで、うるさいといったらうるさいんだけれど、だけど10デシベル違えば、全然違うからね。

日本はシーズ、世界はニーズとおっしゃるゆえんですね。

だからニーズってのはね、シーズの側からは想像もできないようなところに発生するんですよ。シーズがいっくらいいと思ったって、ニーズに合わない飛行機は売れないよ。

空の乗り物に比べたら地上での乗り物は、作る側と使う側そして利用する側、死ぬかもしれない立場と死なない立場、切実感は全く違うものですが、ベースはどんなことでも同じレベルで考えなくちゃいけないと思いました。

ビジネスももちろんですが、ニーズを考えるとき人間的な思いやりと覚悟が必要ですね。いまは知らないことを知らないといえる自由はありますが、そこで終わらないで、知りたいと思う感性がとっても大切で、そこから少しでもイマジネーションを膨らませることのできる能力を養っていくことが大切だと感じています。
日本人であることの誇りを意識するためにも、長所と短所を心得ていきたいものです。

たっぷりお話を伺って参りましたが、残念ながら時間がなくなってしまいました。宮田さんがあげられたメッサーシュミットBf109と、検索数の中からあがってきたモスキートについては、次回に持ち越しましょう。

本日は楽しく興味深い数々のお話をありがとうございました。松葉さん宮田さんには心から御礼申し上げます。

※メッサーシュミットBf109については、宮田豊昭さんのご著書「透視図探検」酣燈社刊で、より詳しくお楽しみいただけます。

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3時間半に及んだ「The対談・戦闘機談義」はこれにて終了致します。最終回までご講読頂き誠にありがとうございました。日ごろからスカイネット・ワンをご愛読してくださっている皆様に、この場を借りて心から御礼申し上げます。ご意見ご感想、企画のリクエストなど、どしどしお寄せください。お待ちしております。(編集部)
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