|
新春企画展の主眼
「今回の企画展の主眼は、徳川好敏の人物紹介と、それに付随して、彼の搭乗した機体の紹介です。日本における初期の飛行機のほとんどが、ここで取り挙げられるでしょう。明治43年に代々木の練兵場で、日本で初めてアンリ・ファルマン機を飛ばした時から、第二次世界大戦の終焉まで、一貫して日本の航空界の重鎮であり続けた好敏の人間像を、この機会に多くの方々に知って頂けたらと思います。私個人の感想としては、強い使命感、強靱な魂の持ち主であったことに驚かされますね」
所沢航空発祥記念館・学芸員の近藤亮さんは、新春企画展の担当者として、第1回から展示の内容に工夫を凝らしてきた方だ。
「歴史のおもしろさは、置かれた状況において人間がどのように考え、思い悩み、与えられた使命を果たすべく動いたか、それを史料で辿り解き明かす、その醍醐味でしょう。好敏に関する書籍としては、本人の手による『日本航空事始』という日本の航空発達史以外にほとんどなかったのですが、奥田鋼一郎氏がそれを惜しんで、昭和61年に『空の先駆者 徳川好敏』(芙蓉書房)を上梓しています。遺族や好敏を知る人々からの資料提供を受けて、その人となりを、経歴を追いつつかなり克明に描き出したもので、それを読むと、彼は自分が日本初のパイロットであるということを終生誇りとし、それに伴う責任を敢然と全うしようとしたようです。力のある立場にあっても奢ることのない人物だった言われ、冷静且つ公正な判断を示して部下にも慕われた、好敏の人間像が描かれています」
今回の展示資料の一つに、好敏自身の書による以下の詩がある。
航空五十周年新春題
代々木原頭風凍
寸時飛行之天祐
春秋去来五十年
偲当時感慨更新
昭和35年、日本は航空五十周年を迎えた。その春、それを祝う米国の好意のしるしとして、それまで米国に保管されていた好敏の愛機アンリ・ファルマン機が、当時のジョンソン基地(現・航空自衛隊入間基地)に返還されている(終戦後、日本は一切の航空活動を禁じられ、同機は米軍により接収されアメリカ本土に送られていた)。詩はその周年祝典に際し詠まれた。最後に「為木村秀政先生」とあり、航研機の設計者で初の国産機YS-11の設計でも名高い木村秀政氏に捧げられている。
「好敏から、現代の航空機設計の第一人者・木村秀政氏に贈られた詩です。日本の航空の創生期から半世紀、ひたすら空に生きた好敏は、その未来を、次世代の雄たる木村氏にしっかりと託したのでしょう。淡々とした表現からは好敏の清廉な人柄が伝わるようです」
会場では、好敏が操縦を手がけた機体の写真と解説がパネル展示され、肉筆のノートや原稿、書簡なども見ることができる。「徳川好敏の愛機たち」として、以下の機体が収録されている。
アンリ・ファルマン1910年型機、モーリス・ファルマン1913年型機、ブレリオXI-2bis機、会式一号機、ニューポールNG単葉機、甲式三型戦闘機、甲式四型戦闘機、モ式六型機、九一式一型戦闘機、九一式二型戦闘機。
なお、今回の新春企画展には、新発見のブレリオ機、ライト機などの図面も展示されている。所沢飛行場開場当時、実際に所沢の空を飛行していた機体を駐機中に克明に採寸、B全に近い大判の和紙に烏口で正確に記録したと思われる。保存状態の大変よい詳細な三面図である。 |