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中村光男=文 |
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戦争には隠匿、偽装は不可欠だ。特定のB−29を時間経過とともに追っていくと、時々戸惑ってしまうことがある。「エノラ・ゲイ」部隊番号82もその一例だ。最初に姿を表した時は第509混成群団の尾部マークである大きな黒い円の中に黒い矢印を横に描いたデザインだった。第509混成群団は第313航空団(BW)とともにテニアン飛行場を基地として、広島進攻はここから発進し、ここに帰還した。 ところがテニアン到着後まもなく尾部マークは、ラージA(497BG)やRに描きかえられている。原爆投下機の存在を隠すためだ。機首の部隊番号82はそのままだが、尾部銃座はほとんど取り外され、窓の出っ張り部分もふさがれてしまっている。 |
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「ボックスカー」は、さらにミステリアスだ。グアム第20航空軍(AF・エアフォース)司令官ルメイ少将がテニアン北の第313航空団第509混成群団に小倉(第一目標)長崎(第二目標)の攻撃を命じた。野戦命令17号(特種爆撃任務16番)を下達した。 出撃したのは、まぎれもなくボックスカーで部隊番号77だった。ところがテニアン北でマル矢印マークのエノラ・ゲイをバックにした写真には部隊番号77が大写しになっているが、尾部マークが黒い三角の中にNとなっている。このマークは第58BWの第444BGのもので、基地はテニアン西飛行場なのだ。なぜ違う部隊マークに替えたのか、偽装のためである。 戦後オハイオ州ライトパターソン空軍基地に復元後の姿を表した時は尾部マークが円の中にR。部隊番号89(ザ・グレート・アーチストのもの)。ノーズ・アートは有蓋貨車に翼の生えたボックスカーのものとなっている。シリアル番号はボックスカーそのものだから、間違いないと思うが、どうなっているのかよく分からない。 なお、同基地航空博物館の展示写真には、機首に77と描きこまれたものもある。 |